第11話 燐介、中国での競技普及を考える
紫禁城を出て、天津から上海へと戻る。
うーむ、宦官二人か。
俺の想定としては、満州人のうだつの上がらない皇族あたりを連れていくつもりだったのだが、西太后はよほど満州人を信用していないようだ。家奴たる宦官しか選べないという事情があるのだろう。
ヨーロッパや日本にはないこういう複雑な身分構造があるところも、中国が近代化に乗り遅れてしまったところなのかもしれないなぁ。
この二人のことを説明したら、伊藤や井上、以蔵や竹子はどう思うだろう。
本当のことは教えない方がいいのかなぁ。
あ、ただ、アブデュルハミトと結婚することになる竹子がトルコに行った場合、あっちも後宮にいるのは宦官なんだよな。
日本とヨーロッパにはいないのだが、ユーラシア大陸には宦官が多数いる。インドや、ペルシア、朝鮮やベトナムにだっている。
ということは、慣れておいた方がいいのだろうか。
……琴さんと相談するか。
そんなこんなで翌日には上海に戻った。
伊藤達はすっかり馴染んでいるようで、会話は出来ないけれども肩を怒らせて歩いている。多分、少し前にいた高杉晋作はもう少し謙虚だったと思うぞ……。
「燐介、俺達はもう上海に飽きた! 早くイギリスに行きたい!」
うるさいよ、全く。
ただ、これ以上中国にいる理由はなさそう、というのも事実だ。
予想外の出来事とはいえ、今後清国で大きな実権を握るであろう西太后と関わり合いを持てたのだ。これはおそらく未来で多少プラスに働くだろう。
ただ、他に何かすべきことがあるかというと、実はない。常勝軍に付き合えば太平天国の滅亡を見届けることはできるだろう。それはひょっとしたら、太平天国の娘と結婚した山口には意味があることかもしれない。
ただ、俺はどちらにも思い入れはないし、最後まで付き合うメリットはない。
いや、もう一つ、やるべきことはあるのかもしれない。
中国は、政治的にも乗り遅れてしまったが、スポーツという点でもかなり遅れている感がある。もちろん、現代世界では強国になった中国がオリンピックを開催してはいたが、メジャースポーツの普及という点では乗り遅れている。
同じ人口の多いインドと比較しても、スポーツ愛好という点では乗り遅れていると言ってもいいだろう。
俺がそれをどうにかすることはできないだろうか?
インドとの違いを考えた場合、一番の違いはインドがイギリスの植民地となってしまったことにあるだろう。これによって、インド方面で発展していたポロが、イギリスに渡ったし、逆にイギリスでやっていたクリケットがインドに持ち込まれた。
今や、世界で一番クリケットをプレーしているのはインドだ。
中国も植民地になるくらいまで行っていればそうなっていたかもしれないが、残念ながらそういうことにはならなかった。
加えて、伝統的に体を動かすことをあまり好きではない感がある。もちろん、現代中国はサッカーなどメジャー競技もやっているし、それなりに金を出している。
ただ、好きだからというよりは体面やメンツで金を出している感も強い。
中国が間違いなく強い競技となると、卓球なんかがそうだろうが、世界的スポーツになりうるかというと微妙なところはある。
今、この時代に中国人に向いた競技などを広めれば、大きな成果をあげられそうには思うが、果たして何があるものか。
「……どう思う?」
英語ができる年上の宦官・蘭秀玉に聞いてみた。
「考えたことがありません。我が国の皇帝で、そのようなものに興味を示すものは皆無です」
「国威の発揚という点で……」
と言いかけて、止めた。
繰り返しになるが、清国を支配しているのは満州人という少数派である。フェアな競技を広めようとした場合、少数派の満州人が負けて、他の多数派民族の自尊心を満たしてしまうという問題があるわけだ。
この点は、民族的にあまり差異のない日本や韓国・北朝鮮とは異なっている。
20世紀のサッカーくらいまで行けば別かもしれないが、少数派が多数派を支配するといういびつな構造ではスポーツを広めることは難しいのかもしれない。20世紀に中国で盛んになった競技にしても、人気になったというよりは共産主義国的なイデオロギーによるところが大きいわけだし。
この国で競技を広めるのは難しいことなのかもしれない。
勿体ない話ではあるけれども。
上海に滞在すること、更に二日で大体のことは片付いた。
俺達は上海を出て、南へと向かう。
次の目的地はベトナムだ。
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