第8話 燐介、西太后と会う②
恭親王が恭しく御簾に向けて頭を下げて、何かを言っている。おそらく「命令通り、燐介を連れてきました」というようなことを言っているのだろう。
英語は大体、フランス語なら多少分かるが、中国語はさっぱりだ。
相手が何を言っているのか、全く分からないのは辛いな。
一応、李鴻章が通訳していれてはいるが。
西太后らしい声が聞こえた。俺が知る西太后はかなり高齢になったおばあちゃん顔の写真だが、今はまだ若いだけあって、中々綺麗な声をしている。
「おまえはイギリスやフランスに多くの友人を抱えているというが本当か? と聞いている」
「まあ、それなりにはいるんじゃないかな……」
エドワードやジョン・ラッセルをはじめイギリスには知り合いが多いし、フランスもウージェニー皇后など何人か知っているからな。
李鴻章が俺の話をそのまま伝えたのだろう。西太后がまた何かを言った。
何だかわからんが、李鴻章が滅茶苦茶驚いている。本当なのか、と問い直している様子だ。
不安になってくるな。
「……燐介、皇后陛下は、おまえに私の妹をやろうと仰せだ」
「……はぁ?」
私の妹って何だ?
西太后の妹ってことか?
「そうだ」
「……いや、何でいきなりそんなことになるわけ?」
初対面の日本人に、いきなり自分の妹をやるなんて言い出すかぁ?
こいつ、エリーザベトより無茶苦茶なんじゃなかろうか?
西太后が李鴻章にまた何かを説明している。
「西太后様の仰せとしては、『上海での様子は見ていた。この国の誰もが、イギリス人にはぺこぺことする中、おまえにだけはイギリス人の方がぺこぺこしていた』と」
あぁ、まあ、確かにゴードンは軍出身者だから、皇太子の友人の俺に対してもかなりへりくだっていたな。
「つまり、おまえを清国に入れることができれば、大きなプラスになるということだ」
本当か?
本当に西太后がそんなことを言っているのか?
実は西太后と思わせておいて別人なんじゃないのか?
もし、ほいほいと「西太后の妹貰えるぜ~」と飛びついたら「ハイ、ドッキリでした!」と全員から馬鹿にされるんじゃないか?
「でもさ、俺は日本人だよ? 日本人を入れてもいいの?」
李鴻章が説明すると、何やら馬鹿にするような「ハン」という声が聞こえてきた。こういうのは万国共通だから、俺の発言はかなり馬鹿馬鹿しいものだったらしい。
「本朝には漢人もいれば、チベット人もおるし、モンゴル人もいる。日本人だからどうだと言うのだ?」
おうふ……、そういうことか。
清国は満州人の国だから、満州人こそ全て、他は全部格下という扱いだ。漢人も日本人も同じで使えるヤツなら、満州人は抜けないけどその次くらいまでの立場にはしてやる、ということだ。
考えてみれば、今ではありえないことだが、日本も明治初期は外国人が要職を占めていたわけだからな。むしろ現代よりも~人という感覚は弱いのかもしれない。
しかも、西太后の権力基盤もまだ絶対的なものではない。彼女としてみると、外国人と通じるヤツを義弟にしておくのは悪くない、と考えていても不思議はない。ついでに「こき使う」という言葉も追加されそうだが。
「かつて唐の時代に阿倍仲麻呂という日本人が大臣を務めたことがあると言う。我が清国が日本人を大臣とすることに何の問題があるというのだ?」
唐の時代まで遡っちゃったよ。
とりあえず、西太后が意外と俺を評価しているということは分かったが、さすがに妹を貰うというのは問題だ。
これは断ろうと思って、ハッと閃いた。
よくよく考えれば、俺は中野竹子とオスマン皇太子アブデュルハミトの結婚を今、取り繕いつつある。
竹子には「日本のためにオスマン皇太子と仲睦まじくやってくれ」と言っている俺が、「清の皇女との結婚なんて嫌だよーん」と言うのは不公平ではないか。竹子が文句を言ってきたら、俺はどう説明すればいいんだろうか。
オスマン皇太子との結婚というのもとんでもないことだが、西太后の妹と結婚というのも日本外交的にはとんでもないことだからな。いや、オスマンとの繋がり以上にとんでもないことになる。日清戦争に至るまでの対立構造に大きな変化が生まれそうだ。
これはヤバいな。竹子に「ダブル・スタンダードだ」と言われれば反論できない。
ただ、「分かりました」と言おうものなら、これまた佐那にどう言えばいいのかということになる。まず間違いなく半殺しにされるし、号泣されるかもしれない。
だから、そっちの道も選べない。
悩んでいるのは分かったのだろう。
「西太后様は、今すぐ答えろとは言っていない。一日、二日紫禁城にいて、様々なものを見て考えれば良いだろうとの仰せだ」
「わ、分かった……」
その提案には乗るしかない。
何とかこの状況を打破する妙案を生み出さなければ……。
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西太后の写真をAI加工で若返らせてみると結構な美人だった、という話があるそうです。
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