第7話 燐介、西太后と会う①

 恭親王の要望は、やはりというかイギリスとの橋渡しをしてくれというものであった。


 いけ好かない感じはあるが、エドワードに紹介という点ではオスマンのアブデュルハミトも俺が橋渡しした部分もある。オスマンは良くて、清国はダメというのは良くない。


「……別にダメということはないよ。イギリスまで行くのなら」


 そう答えると、恭親王はめっちゃ怖い顔になる。


「この本朝を離れて、どうして夷国に赴かなければならないのだ!」


「……」



 いや、普通会いたいと思う側が、会いに行くものだろ。


 と思ったけれど、清国の皇族はそういうのが絶対嫌な連中なわけか。


 日本も尊王攘夷活動が酷いけれど、中国はその親分みたいなものだからな。


 アブデュルハミトですら、ロンドンまで行ったのだから、清国の連中が行かなくてどうにかするというのは無理だろう。


「来ないんだったら、無理だよ。皇族が無理なら、家臣が行くしかないんじゃない?」


 家臣がエドワードに会えるかどうかまでは保証できないが。


「そんなことをしたら、その者が大きな顔をする。イギリスの要人を北京に連れてこい。褒美はいくらでもやろう」


「悪いけど、それじゃ話にならない」


 こいつは俺を何だと思っているんだ?


 初対面の相手に「イギリスの要人を北京まで連れてこい」なんて要望を出すなんて、一体どういう感覚をしているんだ?


 まあ、こういう感覚をしているから、清はどうしようもなかったのかもしれないが。


「わしの言うことが聞けんのか!?」


「うん」


 恭親王が怒るけれど、俺としては頷くしかない。


「無理なものは無理だから。でも、俺とか同行者に危害を加えたら、イギリスやオスマンが軍艦を派遣してくるかもしれないから、そこはよろしく」


「貴様! わしを脅かそうというのか!?」


 いや、脅かしたくはないけどさ、こんな非常識な奴だったら「おまえを幽閉するぞ」とか普通に言ってきそうだし。


 尊大なのはマルクスと同じだが、こいつは身分と地位を嵩に着て偉そうだから、より腹が立つ。


 だから、やられないように自衛手段を講じるしかない。



 とにかく、恭親王との話は無駄にしかならなさそうなので、俺は李鴻章に「帰りたいんだけど」と声をかけた。


 そうなると、恭親王が慌てだす。


「ま、待て! もう少し待つのだ!」


 そう言って、奥へと引っ込んでいった。


 何なんだよ、あいつは……



 俺はさっさと帰りたいのだが、李鴻章の顔が青い。


「何なんだよ?」


「恭親王様は、西太后様にお伺いを立てに行ったのだ。ひょっとすると、この後、西太后様に拝謁することになるかもしれん……」


「西太后が相手でも結論は変わらないよ」


「呼び捨てにするな!」


「あ、悪い」


 確かに呼び捨ては良くなかったが、李鴻章の怯えっぷりもちょっと度を超しているような気がする。


 それはまあ、西太后は俺でも良く知っている有名人だが、実際に頂点にいたのってもう少し後だったと思うんだが。


 というか、確か20世紀の頭に70歳くらいで死んでいたはずで、そうなると生まれたのは佐那とそう変わらないんじゃないのか。


 李鴻章より年下なんじゃないかと思うが、そんなに怖いのかねぇ。



 そう考えていると、恭親王が戻ってきた。


「ついて来い」


 何で一々命令調なんだよ。腹が立つなぁ。


「どこに行くの?」


「皇太后陛下がお会いになる。粗相のないようにしろ」


 おっと、偉そうなことは変わりないが、恭親王の口から「皇太后陛下」なんていう言葉が出て来たよ。これは相当怖いんだろうなぁ。



 どうしたものか。


 正直、恭親王ですら「イギリスの要人を連れてこい」なんて無茶を言うくらいだ。西太后はもっと偉そうだろう。


 できるはずがないから、会うだけ無意味だろうとは思う。



 とはいえ、西太后に会える機会は中々ない。


 世界的に有名な女性であるし、一目見てみたいという好奇心はある。


 最終的に俺は「会いに行く」ということで決めた。



 今度は恭親王を先頭についていくことになる。


 部屋というか、宮殿を更に一つ移動して、向かった先は大きな廊下だった。


 その廊下に群臣が並んでいて、奥には御簾みすが敷いてある。その向こうに何人かいるようだ。



 これはあれか。垂簾政治すいれんせいじというやつだな。


 尊い立場にいる女性が、臣下の男に直接、顔を見せたらいけないから、御簾を敷いて面会するというわけだ。


 隠されると気になるが、中は見えないなぁ。



 ※西太后の生年は1835年なので、佐那やエリーザベトより2年年上ということになります。

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