第10話 燐介一行、西へと旅立つ
文久二年、年末二十九日。
市ヶ谷の試衛館では新年を前に餅つきが大々的に行われていた。
道場主の近藤が金を出して、豪快に餅つきを行っている。
近藤、土方や沖田に斎藤といった試衛館組はもちろん、伊藤俊輔に井上門多、更には岡田以蔵の姿もある。
その傍らでは中野竹子と山本八重をはじめ、どこかから集まった娘達が来場者に酒をふるまっていた。
ちなみに何故村娘がいるかというと、土方や藤堂目当て……
……ではなく、男装の中沢琴さんがいるからだ。琴さんが餅つきをしようとするや、黄色い声援が飛んで三人の娘が感激のあまり気絶するのだから凄まじい。
「くっ、この俺が負けるだと……?」
土方が悔しがっているけれど、琴さんのカッコよさは世界的なものだから仕方ない。
近藤は来年の幕の内が明ければ、京に向かうつもりのようで、その整理をしていた。道場については親族が引き継ぐようで、そのための「新生試衛館をよろしく」という挨拶のようなものだ。
既に京にいる山口にはその旨の知らせを送っており、山口から歓迎する返書も戻ってきている。
いよいよ新撰組としての活動が始まるわけだ。
歴史がかなり変わりまくっているから、史実通りに新選組になるのかどうかは分からないけれど、な。
一方、この前捕まえた長州の連中は、イギリスに連れていく伊藤と井上以外は長州の上屋敷に引き渡すこととなった。伊藤と井上については、餅つきをしている様子を見ても分かる通り、すっかりここになじんでしまっている。
そこに新年に合流予定の岡田以蔵も来ているというわけだ。
年明けには、横浜から上海、香港を経由して、ベトナム、タイ、インドと立ち寄ってイギリスへと戻る予定だ。その後、アメリカに行って以蔵を売り込んできて、またイギリスに戻り、オリンピックに向けて活動していくことになる。
生麦事件の件については、薩摩から正式に「知らん」という回答を貰っている。横浜のジョン・ニールは激怒していて、上海と香港にいるイギリス艦隊はもちろん、フランスにも呼びかけるようだ。結果的には更にアメリカとオランダが来るのだろう。
このあたり、もう少し穏当な手段も模索したいところだが、迂闊に変えて更に被害が増えても困る。史実通りに薩英戦争に行くしかないのだろう。
俺は生麦事件の解決を求められたけれど、結果として有意義なことはできていない。
元々、イギリス外務大臣のジョン・ラッセルも俺にそこまで大きなものを期待していなかったと思うが、それ以上に期待外れとなりそうだ。
ただ、その分の情報は山口からもらったし、今後のイギリスと日本の関わり方について説明することで埋め合わせをしたいところだ。その窓口として、鍋島閑叟と河合継之助を起用してもらうことも忘れてはいない。
イギリス行きの船には、中野竹子と、一緒に行きたいという山本八重、更には失本イネに加えて、琴さんもついてくることになった。
琴さんの場合、一度男装の麗人的な楽しさを覚えてしまったから、日本では窮屈だという思いもあるのだろう。護衛としてこれ以上ない存在だから、俺としても断る理由はない。
ただ、佐那は婚約者の龍馬とのやりとりもあるし、千葉家もこれ以上ホイホイ海外に出ることは望まないようで、日本に残ることになった。
「どうやら千葉家は佐那に他に決めた人がいるのではと警戒しているようでもあるね」
というのは琴さんの情報だ。
「私としては、燐介にもう少ししっかりしてもらい佐那を迎えさせに行きたいのだけど、現時点では難しいだろう。変に手出しすると千葉家を巻き込んでややこしいことになるだけだろう。君は今回の旅でもっと立派な男となって迎えに行かなければいけないだろうね」
「面倒だなぁ……」
とぼやいたら、腹に肘打ちが飛んできた。くの字になって、その場にへばる。
「もう一度言うよ? 君はもっと立派な男になって、日本に戻り、佐那を迎えなければいけない。分かったね?」
「わ、分かりました……」
そんなことを言う琴さんはどうなのかね。
史実では「私より強い相手と結婚する」と言って、結局無敗で独身だったと言うが、さすがに試衛館の最強クラスには負けるんじゃないかとも思うのだが……
そんなこんなで年末を楽しく過ごし、明けて文久三年元日に、俺達は横浜へと向かった。
横浜に着くと、こちらは特に何もやっていない。太陰暦では新年だが、太陽暦の1863年だともう二月だからな。
既にジョン・ニールには話を通してあって、船も用意してもらっている。
再び、世界へ向けて旅立つ時だ。
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