第8話 燐介、高杉と伊藤に啖呵を切る①
土方の提案で、芝の海月楼には彼らの決行予定の二日前、12月10日に踏み込むことになった。
「おそらく前日の夜に集合するだろうが、横浜は少し距離があるから前日は別の場所にいるかもしれない。だから二日前が、一番相手の人数が揃っているだろう」
というわけだ。
史実の池田屋事件でも、こういうところで抜かりない推察を見せた土方だし、ここは従うのが無難だろう。
その間に総司が幕府に問い合わせて、10日に海月楼に踏み込む許可を貰うことになる。
俺は総司に一つ頼んでおいた。
「今回、うまく捕まえた場合には、重罰にはしないように願い出てくれないか? できれば、横浜のイギリス人のところに連れていくように頼んでもらいたい」
高杉晋作や伊藤博文がここで死ぬということになると、大変だ。
未然に防げたのだから、わざわざ殺す必要はないだろう、という理屈で説明をする。
「うーん、でも、あっさり釈放してしまっても尊王攘夷派が調子に乗らないかな~」
総司はあまりいい顔をしなかったが。
「でも、山口さんもそう言っているんだよね。燐介と山口さんが言うんなら、まあ、そういうものだと思っておくよ」
しばらく思案した末に、総司は引き受けてくれて、そのままの許可を貰ってきてくれた。
「勝さんも、『そんな都合の良い話があるか』と最初は反対していたけど、燐介と山口さんの名前を出したら黙って協力してくれたよ」
とは総司の報告。
これで、幕府に何かあったら、二人揃って大変なことになるな……。
当日の夜。
俺も近くまで来たわけだが、正直、剣の腕はとても試衛館クラスではない。一応ガキの時は土佐で剣術の修練も多少はしたから、山口よりは強いと思うが、ここ十年近くさぼっているからな。
だから、近くに居合わせているが、やることは何もない。
せいぜい、やりすぎそうになった時に止めるくらいだろう。
12月10日夜、海月楼の周りを歩いていると、早くもどんちゃん騒ぎをしている様子が聞こえてきた。「横浜を焼き払え」だの「攘夷をいち早く決行だ」だの、外にいてもはっきり聞こえるくらいに騒いでいる。
相手の立場にいるのだが、これだけ大騒ぎしていていいのかよ、と首を傾げてしまう程だ。
それが決起集会というものだと言われれば、それまでだが。
夜更けになる頃には大分静かになった。
この段階になって、試衛館組が動く。先に客として中に入っていた永倉と斎藤達四人が下に降りてきて、扉を開いた。そこに近藤達が一斉に踏み込んでいく。
あまりにあっけなく終わってしまった。
長州の連中は中で酔っぱらって前後不覚になっていたようで、踏み込まれた時も女を抱いている者ありの、酒瓶を抱えていた者ありの状態だったらしい。
これで証拠などがなければややこしいことになるのだが、焼き討ちなどしようという奴らである。ご丁寧に決起趣意書を書いていたし、持っていた手紙にもやろうとしていることが書いてある。
現代日本ならそれでも違法捜査なのではないかという話になるかもしれないが、この時代はそこまでプライバシーが保護されるものでもないからな。
一時間もすると、「ほら、歩け」という声とともに試衛館の連中が長州藩士を次々と連れ出してくる。
長州の連中はというと、「何故、我々のことが分かったのだ?」と一様に不思議そうにしている。確かに、史実ではうまくいったわけだからな。
引っ立てられている中に見慣れた顔がある。言うまでもない、高杉晋作だ。この時代は俊輔を名乗っている伊藤博文もいるのだろうけれど、彼の写真は明治時代のものだ。そこでは髭が長いから、髭を生やしていない今はぱっと見では分からない。
「これから、おまえたちを横浜に引き渡す」
幕府とのやりとり通りのことを近藤が説明した。
これには、長州の連中が顔色を変える。
「我々、国士を攘夷の者達に引き渡そうというのか!」
「お前達には大和魂が存在しないのか?」
など、ブーブーと文句を言い出した。
近藤は困惑した顔を俺に向ける。「どうするんだよ、燐介」と言わんばかりだ。
もちろん、こういう事態も予想していた。
俺は一歩進み出て、遠山の金さんばりにバンと片足を踏み込む。
「俺は宮地燐介だ! この中には、吉田松陰先生の松下村塾にいた者も複数いると思うが、その松陰先生とアメリカ、イギリスを回った者だ!」
場が一斉に静まり返る。
「おまえらの中には俺の名前くらい聞いた者もいるだろう。国士だって? 大和魂だって? 随分と偉そうだが、おまえ達は、松陰先生以上の国士になったつもりなのか! そう思うのなら、この場で手を挙げて宣言しろよ。『自分は松陰先生以上の国士だ』と」
誰も彼も黙り込んでしまった。
悪いな、松陰。名前を出してしまって。
だけど、穏当な解決にはそれが一番だと思うから、ここは許してくれ。
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