第20話 燐介、会津中将と面会する②

 中野竹子を連れて、松平容保の前に戻ってきた。


「中野竹子にございます」


「うむ。今しがた、この宮地燐介から聞いたが、そなたはおすまん国のあぶでゅるはみとなる者と婚姻をするとのこと、真か?」


「必ず婚姻するかは定かではございませんが、アブデュルハミト様より結婚しようとのお言葉はいただいております」


「左様か。現在、日ノ本は諸外国による脅威にさらされておる。そのような情勢において、おすまんと結びつきを得ることができるのは真にめでたきこと。わしはそなたと皇太子を祝福しよう」


 そう言って、松平容保は屏風と風水画を丸めたものを取り出した。


「これをそなたに献ずる。必要とあればおすまんへの持参金も会津で用意しよう」


「ありがとうございます」


 中野竹子は平伏することしきり。


 松平容保のゴーサインが出たことで、彼女がオスマンに嫁ぐことは確実となった。



 いや、まだ確実とは言えないか。


 アブデュルハミトは掴みどころのない奴だからな。それに恋愛感情というより自分の権勢掌握のために都合が良いと考えていそうな節もある。


 ひょっとしたら、俺達がロンドンに戻る時にはすっかり気が変わっているかもしれない。「あぁ、その件はもういい。僕は別の手段を取ることにした」とかしれっと言い出しそうだ。


 まだまだ確定とは言えないだろう。




 一旦、俺達は中座することになった。


「本当にいいのか?」


 今更確認しても、本人としてもどうしようがない部分もあるだろうが、一応確認する。


「はい。私も会津の女でございます。こうなりましたからにはアブデュルハミト様と添い遂げるつもりでございます」


「そうか」


「燐ちゃん、ちゃんとしてよ」


 唐突に山本八重から「燐ちゃん」と呼ばれて、俺は面食らう。


「殿様からあそこまで言われて、相手の気が変わったとか、嫁入りはなくなったなんてなったら、竹子ちゃんは切腹するしかなくなるのだから」


「うぐっ」


 確かに、ここまで来れば話は会津にも行くだろうし、両親の下にも届くだろう。


 更に殿様に屏風と風水画に持参金まで用意させるわけだからな。それで実は結婚していませんでしたなんてなったら、洒落にならない。


 現代日本でも大恥だが、この時代なら中野家の恥、引いては会津の恥というレベルまで行くだろう。本人はもちろん、中野家自体の顔が丸つぶれだ。

 そうなったら、本当に切腹なり自刃するしかなくなる。


 これはまずいな。

 アブデュルハミトの気が変わっていたら、ぶん殴ってでも嫁にさせるしかなさそうだ。まあ、ぶん殴るのは現実問題として無理だから、エドワードをけしかけて迎えさせるしかないだろう。


 うーん、正直不安になってきた。



 と、急にドタバタと足音がした。家臣らしい男が慌てた様子で入ってくる。


「宮地殿、中野殿、殿が再度来てほしいと」


「えっ、何だろう?」


 話は終わったと思っていたので意外だが、呼ばれて無視するわけにもいかないから再度戻ることにする。


 容保は汗を拭いて「呼び戻してすまぬ」と頭を下げた。


「改めて考えたのだが、やはり会津から外国に嫁ぐ娘をそのまま送るわけにはいかぬ。ついては、私の養女として、行ってもらいたいと思う」


「養女?」


 あぁ、何か戦国時代で見たような気がする。家臣の娘を大名の養女ということにして、疑似政略結婚みたいな形にしよう、と。


 どこまで影響するかは分からないが、会津の普通の武士の娘と、会津の大名つまり貴族の娘とではハーレム内部での評価も変わってくるかもしれないからな。


 それに松平容保としても、オスマン帝国の皇太子に対して義理の父親ということになる。オスマンでそういうのがどれだけ評価されるかは知らないが、何もしないよりはその方がいいのだろう。


 ただ、こうなるとますますこの話を潰すわけにはいかなくなるわけで、俺と竹子が感じるプレッシャーは大きくなるわけだが。



 ともあれ、松平容保にそう要請されては、中野竹子も断るわけにはいかない。一も二もなく承諾した。


「それでは会津の書類はすぐに手配しよう。念のため幕府にも承諾をもらわなければならないが、多分大丈夫だろう」


 そうだろうな。


 幕府としてみても、一つの国と労せず関係を作ることができるとなれば、こんなにありがたいことはないからな。


「じゃ、会津中将様、私は一太と話をしたいのですが」


 中野竹子の件は今度こそ解決したようなので、俺は山口と話す許可を求めた。



 ここからは今後の日本と世界のことの相談だ。

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