第19話 燐介、会津中将と面会する

 ということで、土方と共に京までやってきた。


 尊王攘夷派の浪士がいることを恐れていたが、土方が言うには「奴らは武士と金持ちを襲うわけだからそうでない格好をすればいい」とのことだ。


 ということで女性陣も含めて、冴えない商人のような格好をして歩いていたところ、たしかに何事もなくたどり着いた。土方は元々商人だし、俺も武士といえば武士だが現代人だから武士っぽくはないからな。


 このあたりはさすがに土方、悪知恵が回るというところだろうか。


 もっとも、紹介状を貰っているとはいえ、商人の格好だと松平容保に会うのには若干苦労したわけだが、とにもかくにも会津藩がいるという屋敷を訪れて、山口の名前を出して通してもらうことができた。


 ちなみに、土方と女性陣には「英国との交渉にかかる重要な話をするので」という名目で残ってもらっている。山口とする話は、未来の歴史に関する話だから、聞かれると非常にまずいことになるだろうからな。


 座敷で待っていると、すぐに山口が入ってきた。


「燐、よく戻ってきたな」


 感動の再会というほどのものではないが、それでも一年以上は経過している。その間に、世界も日本もかなり動いている。


 山口もそうだろうし、俺も久しぶりにあえてホッと安堵した思いで満たされる。


「あぁ、再会を祝いたいところだが、色々用件もあってやってきてね」


 とまで言うと、山口もピンと来たようだ。


「生麦事件か?」


「そう。イギリスの外交官としてやってきた」


 これには山口も驚きを隠さない。


「日本での事件なのに、日本人のおまえを派遣してきたのか?」


「そうなんだ。ま、このあたりの話は後でしよう。まず最優先でしたい話がある」


 山口と話すことはいくらでもあって、今、やりだすときりがない。


 それよりもまずは中野竹子の件だ。



 オスマン皇太子アブデュルハミトの件を話すと、これまた山口は仰天した。


「何とまあ、そんなことになるとは......」


「アブデュルハミトはどういうやつなんだ?」


「確か、事実上のオスマン最後のスルタンだったはずだ」


「最後のスルタン......」


「そうだ。ミドハト・パシャによる改革路線を握り潰し、反動的な専制政治を行ったが、どんどん領土をすり減らしていき、最後はクーデターを受けて退位したはずだ。以降のオスマンにはまともなスルタンはいないから、実質的に最後のスルタンだ」


 なるほど、アブデュルハミトはそういう存在なのか。


 まあ、あまり人を信じそうな奴じゃないからな。


「中野竹子と結婚するというのはどうすべきだと思う?」


 俺の問いかけに、参ったような顔をした。


「......そんなことを聞かれても困る。ただ、中野竹子は史実通りだと娘子隊で戦って戊辰戦争で戦死する。それを考えると、仮に後々不遇な目に遭うとしてもオスマンに行く方がいいかもしれない」


「そうだよな。俺もそう思った。ただ、本人も幕府も会津中将に聞いてこいということだ」


「本人はともかく、幕府は責任逃れをしたいだけだろうな」


 と言いつつも、山口は「それなら会津様を呼んでくる」と奥に入った。



 すぐに座敷に1人の若者が入ってきた。


「中将様、この者は宮地燐介と申しまして、紆余曲折ありましてイギリスまで行って彼の国で地歩を築いておりまして、現在、イギリスの代表としてやってきているものです」


 山口の紹介に、松平容保は「そんな奴がいるのか?」と驚きを隠さない。


「かつて中野竹子と山本八重を派遣した一件を覚えておりますか?」


 と問いかけると、それで「あぁ」と思い出したようだ。


「そうか。おまえがあの2人をイギリスまで呼んでほしいと言っていたのか」


「はい。私の要望をお聞き届けていただき、真に感謝しております」


「2人は国のために役立ったのだな?」


「それはもう、十二分に。ただ、その件に続きがありまして......」


 と切り出して、俺はオスマン帝国という国のこと、更にはその国の皇太子アブデュルハミトが中野竹子を妻として迎えたいと言っていたことを説明した。


 松平容保はポカンと口を開けている。


「......そのオスマンとやらの皇太子は、日ノ本で言うなら次期征夷大将軍のような立場の者ではないのか?」


「左様でございます」


「それなのに、中野竹子のような身分の娘を欲しいと申したのか?」


 どうやら、家格のようなものを気にしているらしい。


 まあ、今の将軍家茂の妻は天皇の妹だし、前将軍の家定の妻は島津家の令嬢だ。こうした人達がトルコの貴族の娘なんかを妻にしたいとなれば世の中がひっくりかえるだろう。


 現代日本だって、皇室の者が「トルコ人と結婚する」などと言い出せばとんでもない騒ぎになるはずだ。


「オスマン帝国はそうしたところにはこだわらない国でございます」


「そうか。そうなのか......」


 松平容保は少し考えるが。


「幕府のためになるというのであれば、この松平容保から言うことは何もない。日ノ本のために尽くしてくれ。ただ、それだけだ」


「......ははっ」


 日ノ本のためか。


 中野竹子本人の意思を全く考慮していないわけで、何だか身勝手な響きのする言葉だ。ただ、この時代だ。男も女も、家や国のために尽くすのが当然という考えだ。自分の意思で結婚相手を選ぶなんてまず不可能だ。


「......分かりました。それでは、殿様より、直接中野竹子に言ってもらえないでしょうか?」


「来ておるのか?」


「はい。他の案件もありまして、現在、皆が日ノ本に戻ってきております」


「分かった。では、中野竹子を連れてまいれ」


 松平容保の指示を受けて、俺は中野竹子を連れてくることになった。


 完全に納得しているわけではないし、これでいいのかなと思うところもあるが、本人も決して否定しているわけではない。


 ひとまず、この方向で進めるしかないだろう。

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