第17話 総司と以蔵
「えっ……?」
突然の言葉に、近藤が目を丸くした。
俺も同じだ。今、以蔵は何と言ったんだ?
「わしはもう疲れてしまいました。このまま生きていてもいずれ斬刑となることでありましょう。それならば今日、ここで燐介や近藤さん達と会ったのも何かの縁。酒に酔って、気持ちよくいるところを斬ってもらいたい」
「いや、そんなことをいきなり言われても……」
さすがの近藤も動揺している。
東禅寺を始めとして不貞浪人を何人か斬ったことはあるはずだが、それでもいきなり知人に斬ってくれと言われても困るだろう。
「……わしには自ら幕府に自首したり、切腹したりするだけの度胸はないんじゃ……。何とか斬ってもらいたい」
あぁ、確かに以蔵は小心者だって話はあるよなぁ。切腹は無理かも。
自首したらしたで、幕府と土佐の関係がややこしくなるかもしれない。国元にいる以蔵の家族は立場を失うだろうしなぁ。
といって、放置しておいて人斬りに戻すわけにもいかないしなぁ。
正直言って、どうしようもない状況になってしまった。
俺は困り果て、周りを見渡し、総司を見た。向こうは以蔵に苦手意識があるのか、なるべく関わり合いにならないような場所にいるようだ。
とはいえ、この場は総司に何とかしてもらうしかない。
「おい、総司。こっち来い」
「何だよぉ……」
嫌々近づいてくる総司に、以蔵の現況と死にたがっていることを説明した。
「はぁ……?」
呆れたような、驚いたような声をあげる。
「いや、それなら逃げるしかないじゃん」
「逃げると言っても金がいるだろう。こいつは正直、あまり生きる術を持たないから変に放置すると押し込み強盗とかやりかねん」
「……だったら、燐介が何とかするしかないじゃん」
「どうするんだよ? 俺はこの後、京に行ったりしなければならないし、その後、ロンドンに戻るんだぞ」
「知っているよ。だから、連れていけばいいじゃん」
「……えぇぇ、護衛代わりにか?」
確かに諭吉はしばらく中津にいるかもしれないから、海外を歩く際の護衛は必要だが、正直、以蔵は嫌だなぁ。
「おいおい、燐介。こういうのはおまえの得意分野じゃんか」
総司はそう言って、「俺の刀は嫌だなぁ」とキョロキョロと見回す。永倉が二本差しているのを確認して、座り込んだ。
「永倉さん、こっちのいらなさそうな刀の鞘、ちょっと借りていい?」
「いらなさそうな、とは何だ! 刀は武士の命……。まあいい、汚すなよ」
文句を言いつつ、永倉は刀を抜いて、鞘を総司に渡した。
「以蔵、こっちに来い!」
突然、以蔵に呼びかけて、廊下に出た。下に向かって、「すみませーん、ちょっとだけ庭を貸してくださーい」と呼びかけている。
一体、何をするつもりなんだ?
唖然としている皆を置いて、総司は庭へと出て行った。
以蔵はけげんな顔をして、ついていく。
「燐介、おまえも行ってこい」
近藤に言われるまでもなく、俺もついていった。
総司は庭に立つと、以蔵に鞘を投げて渡した。
「以蔵! おまえ、俺の球が打てるか!?」
と、石を掴んで以蔵に突きつける。
以蔵がぽかんとしていると、総司はふりかぶって、石を以蔵へ投げた。
「打てるのか!?」
別の石を握って、再度突きつける。
以蔵がハッと何かに気づいたような顔をした。
「当然じゃ! 剣はともかく、貴様のへなちょこ石など簡単よ!」
そう言って、鞘を構えた。
「ようし、打てるものなら打ってみろ!」
総司がふりかぶり、思い切り石を投げる。
「舐めちゃいかんぜよぉぉ!」
以蔵のフルスイング!
鈍い音とともに石が店の外壁を超える勢いで飛んで行った!
広さもルールも道具も違うがホームランという当たりだ。
総司が「ハハハ」と笑って、俺の方に近づいてきた。
「これで解決。問題なしじゃん」
総司はしてやったりという顔をした。
「……」
俺も理解した。
総司はアメリカでプロスポーツたる野球の黎明期を見ている。だから、以蔵はそこでやり直せばいいと思ったわけだ。そこでやり直すことができないのなら、もうどうしようもない。ただ、そこでやり直す機会くらいは与えろ、と。
イチロー・スズキという偉大なメジャーリーガーと比較するのはおこがましいが、イゾー・オカダだって悪くないんじゃないかと。
「三か月ほど近藤さんに預かってもらえればいいんじゃない? その後は燐介が何とかしてやればいいじゃん」
「……分かったよ」
英語の問題なり何なりはあるが、以蔵が本気でやり直したいのなら、そのくらいは何とかなる。
以蔵もまだ25歳だ。プロ入りする選手でそれくらいの歳がいても不思議はない。
アメリカに連れていって、そこで最後のチャンスを与えろ。総司の意図はよく理解した。
それにしても、総司の「~じゃん」という語尾、軽いしちゃらいし、何とかならないのかね?
俺が海外連れまわしたせいだから、責任は俺にあるんだろうけれど。
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