第16話 以蔵、土佐と己の現状を語る②

 やはり、か。


 俺は近藤の顔を見た。


 こういう時は、剣の使い手で年長者の近藤の方が良いだろう。近藤も「任せて置け」という風に頷いた。


「すると、君はもしかして、俺達や試衛館も狙っていたのか?」


「いいや、それはありません。ただ、京で、もう何人も斬ってきた……」


「京か……」


 近藤が暗い顔になる。


 隣で楽しそうにしていた土方も、気づいて入ってきた。


「俺も一太と京に行ったが、あそこはやばいな。斬りあいでバッタバッタしている」


「そうなんじゃ……」


 以蔵も同意した。



 京のことは理解した。だが、解せない部分は残っている。


「しかし、以蔵。あんたは以前、殿に気に入られていたじゃないか? そのあんたがどうして人斬りをすることに?」


 もちろん、以蔵はこの体格で剣も強い。


 史実でも人斬りをしていたのだから、不思議な話ではない。


 それでも、山内容堂があれだけ買っていたのだ。もうちょっと何とかならなかったのだろうか?



「……今、土佐は武市さんが牛耳っておる」


「土佐勤王党か」


 坂本龍馬、ついでに俺の一属でもある武市半平太が土佐勤王党を結成して、土佐の幕政を握るというところは史実通りだ。彼が主導して、土佐は急速に尊王攘夷色が強くなる。


「わしは反対した。その少し前まで色々な競技をやりあっていた連中同士なのに、何で片方が消えて、片方が踏みつぶすなんてことにならなければいかんのじゃ。わしは何とかしたかったが、武市さんらに『以蔵はあれだけでかい図体をしながら、つまらんことばかりやっていて、人を斬る気概もないのか』と罵倒された」


「なるほどね……」


 以蔵は正直、冴える頭脳を持ってはいないし、あまり勉強もしていない。


 だから、個人の喧嘩以外で武市半平太とやりあっても勝てるはずがない。


 しかも、反対したことでかえって立場を悪くしたという。



 以蔵の話によると、武市は俺が勧めた競技に夢中だった連中にははっきりと敵意を持っていたらしい。


「国難にある時代に、つまらぬことにうつつを抜かすな、ということじゃ」


「あー……」


 こういうのは現代でもよくある話だ。


 スポーツ馬鹿というような言葉もあるが、要はスポーツばかりやっていて、世の役に立つようなことは何もしていない、と。


 実際のところ、そういうことを言う連中の中に、本当に世の役に立つことをしている人間が何人いるのかと聞き返したくはなるが、こういうステレオタイプなことを言いたがる連中は本当に多い。



「そのせいで、わしは一際厳しい仕事をさせられるようになってしもうたが、武市さんは土佐の重鎮なうえ、家族も世話になっておる。だから逆らえん。わしは本当についておらん」


 うーむ。


 史実の以蔵は、人斬りくらいしかできないという理由でこき使われていた感があるが、ここでは違う理由だったのか。


 野球の沢村賞で有名な沢村栄治も、学歴がないという理由で三度も徴兵されたというが、以蔵にしてもそれほど頭は良くなくて体力だけはあるから、使い倒してしまおうと考えたのかもしれない。




 近藤はこうした以蔵の話を黙って聞いている。


 土方も気づいていて、耳を傾けてはいるが、宴会自体の雰囲気を暗くしてはいけないと考えているのだろう。周りの連中に酒を勧めたり、ちょっとふざけたりしては、聞き耳を立てている。


「それで土佐で五人、京に向かった後は、八人斬った」


「……それは、凄いと言うべきではないかもしれないけど、凄いね」


「最近は夜も眠れんようになった。目を閉じると、斬った連中の苦悶の声、最後の表情、そうしたものばかり浮かんでくる」


「それはそうだろうな」


「龍馬が『疲れているようだから、少し江戸で静養させては』というので、ここまでやってきた。年末まで過ごして、また京に戻る予定じゃ」


「うーん」


 言葉もない。


 明らかに以蔵は今の状況に押しつぶされている。この状況から脱出させてやられないといけない。


 とはいえ、以蔵が一人で暮らしていくのは現実的ではない。実際に学もないし、頭も良いとは言えないし、生活力も無さそうだ。それこそ史実でも押し込み強盗で逮捕されたが、似たようなことしかならないはずだ。


 と考えていると、以蔵が近藤に相対した。


 そして、とんでもないことを言いだした。


「近藤さん、今夜、わしを斬ってくれないでしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る