第15話 以蔵、土佐と己の現状を語る①
俺は思わず立ち止まってしまった。
しまった。明るいなら大丈夫だろうと思ったが、不貞浪人が歩いていたか。
今までは諭吉や琴さん、佐那がいたが、今はイネさん、竹子、八重しかいない。
この状況で相手が斬りかかってきたら、逃げられない。
とはいえ、まさか女性を置いて逃げるわけにもいかないだろう。俺はイネさんに向こうの通りの方に行くよう頭を動かす。小さく頷いて、イネさんは急いで竹子と八重を連れていった。
仕方ない。
俺は覚悟を決めて、「何だよ」と問い返して相手を見た。
長身で大柄の男だ。
鋭い眼光で睨みつけてくる。
「……俺に何か用か?」
正直、ビビりまくっているが聞かずにはいられない。
と、男の顔が少し明るくなった。
「おまえ、宮地燐介だろ?」
「……うん?」
いきなり明るい様子で名前を呼ばれて、俺は相手をもう少し細かく見る。
しばらくすると、シルエットがある人物と重なって来た。
「あれ、もしかして、おまえ、以蔵!?」
そう、かつて江戸に来た時に一緒になり、かつ沖田総司あたりとも絡んでいた岡田以蔵であった。
昔、岡田以蔵は史実と違う道を歩いていたはずだ。
俺が野球やラグビーを土佐の藩主山内容堂に教えた後、その身体能力で気に入られていたはずなのだが……
先程の険しく獲物を見定めるような眼光を見るに、史実通りに人斬りになってしまったのだろうか。
「久しぶりじゃのう。燐介」
「ああ、本当に久しぶりだな。今は何をしているんだ?」
俺がそう聞いた途端、以蔵は「うっ」という顔をした。
やはり、人斬りになってしまったのだろうか。
身なりは正直言って良くない。服もかなりよれていて、少なくとも昔、藩主に気に入られて大言を吐いていた頃とはかなり変わっている。
「以蔵。もしかして、俺を狙っていたのか?」
「いやいや、ちょっとした用で江戸におって、たまたま歩いておったら、おまえを見たんじゃ。おまえこそ、もう何年も見ておらんかったが、どこに行っていたんだ?」
「あぁ、いや、ちょっとな」
史実の以蔵は尊王攘夷派の人斬りだ。まさかアメリカやイギリスに行っていたなんて答えるわけにもいかない。
「何ならさ、試衛館にでも行こうぜ。そこで積もる話をしよう」
「……試衛館か」
「……あ、いや、どうしても嫌だって言うなら仕方ないけど。俺は試衛館に用があるからさ」
どうやら恐れていたような事態ではなかったと、イネさん達も戻ってきた。
「燐介、おまえはいいのう……」
三人を見た以蔵がハアと溜息をついた。
「いや、この人達はそういうのじゃないから」
エドワードやアブデュルハミトもそうだけど、どうして俺の彼女みたいな感じで解釈するのかなぁ。
「……そうじゃのう。少し時間もあるし、ちょっとだけ顔を出してみるか」
以蔵はしばらく考えた末に、試衛館まで行くことに同意した。
試衛館に着いたら、近藤や土方達もびっくりしている。
「おぉぉ、燐介に以蔵じゃないか! どうしたんだ。一緒に行動していたのか?」
「いやぁ、偶々そこで以蔵と出くわしてね」
「そうか! よおし、今日は再開を祝して、皆で飲もうじゃないか!」
近藤の言葉に、皆が「やったぁ!」と声をあげる。以蔵は「いや、わしはいい」とか言っているが、永倉と土方が「水臭いことを言うなよ」と言っている。
そういえば総司はどこにいるのかというと、あいつだけ少し距離を取っていた。そういえば、昔、試合したことがあったな。それが影響しているのだろうか。
ともあれ、俺達は近くの小料理屋に入った。
その場にいた試衛館の二十名近くに、俺と以蔵が入るのだから店は満員だ。
「これで皆の食い物と酒を頼む。なるべく美味いものを、な」
と言って近藤が出したのは何と二両!
それまで「物騒な連中が来たなぁ」という胡散臭げな顔をしていた店の人間がびっくりして、「何をもたもたしているんだい! 早く酒を用意しな!」と来たものだ。
すぐに酒が運ばれてきて、全員で乾杯する。
近藤は俺と以蔵を見比べて、まず以蔵に聞いた。
「いやいや、本当に久しぶりだ。最近はどうなんだ? ほら、飲めって」
以蔵は近藤の誘いにもしばらく無反応だったが、やがて意を決したかのようにおちょこを傾ける。
そして小さく息を吐いて言った。
「燐介、近藤さん、わしは……今、人を斬っておる……」
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