第14話 燐介、英国代表として幕府と交渉する③

 英国の賠償請求については、とりあえず半額は飲んで残りは交渉という路線を受け入れるようだ。


 それはOKとして、この次の話が厄介だ。


「あと、実はオスマン・トルコとの間でややこしいことになっていて」


「ややこしいこと? 喧嘩でもしたのか? 幕府はおまえの尻は拭けねえぞ」


「喧嘩はしていない。実は」


 と切り出して、オスマン皇太子のアブデュルハミトが会津の中野竹子を妻にしたいと言っていることを説明した。


 これにはさすがの勝海舟もぽかんと口を開けてしまう。


「……おい、そんなことになって、俺達はどうすればいいんだ」


「いや、それを聞きたいのは俺達の方だから」


「俺にはさっぱり分からんが、会津の者なら中将に許可をもらう必要があるだろう」


「中将?」


「会津中将だ。おまえ、そんなことも知らんのか?」


「ああ、松平か……中将ね」


 松平容保と言いそうになって、慌てて口をつぐむ。彼のことは俺も知っているが、さすがに勝の前で容保なんて呼び捨てにはできない。もう一度尋ねる。


「ということは、俺は会津まで行って聞いてこないといけないのか?」


 それは遠いなぁ。


 21世紀の時代だって会津若松に行くのは結構大変だぞ。特急やら快速やら使っても別の地域から数時間かかるところだ。



「いや、会津様は京に向かっている」


「京に?」


 と尋ねたところで、島津久光の改革やらの話を聞かされた。


 そのうえで、会津中将が京都守護職になり、京都の治安維持をするための部隊を集めることになり、清河八郎と共に山口も京に行くという。


 それって新撰組のことじゃないのか?


 そうか、このあたりから新撰組が出て来るわけか。


 いよいよ幕末も本格化してくるわけだな。



 いずれにしても、山口は京にいる。会津中将も京にいる、となると、俺も京に向かうしかなさそうだ。


 中野竹子の件について松平容保の意向を聞き、他のことについて山口に聞いてみる。


 一石二鳥だ。


「分かった。俺も京に行くことにするよ」


「そうだな。一太に聞いてこい」


 勝もあまり自分ではやりたくないらしい。山口に聞くように勧めてきた。


 無理もないだろう、あいつは先のことも色々知っている。勝も薄々感じているだろうから、できれば山口に今後の展望を聞いてもらいたいのだろう。


 そう。山口ならアブデュルハミトのことだって知っているかもしれない。だから、中野竹子の件も山口に聞いてから決めた方が良さそうだ。




 江戸城から戻ってくると、諭吉と佐那の姿がない。


「あれ、二人は?」


 と琴さんに尋ねると、やれやれと両手を開いた。


「福沢殿は婚儀があるということで、中津に戻ると言っていた」


「ああ、あいつ、ずっとそのことを言っていたよな」


 何かある度に婚約者がいると言っていた。数年も経っているから、寝取られていなければいいが、なんて考えるのは現代的発想かね。


「佐那は実家が近いから戻った」


「そうか。琴さんはどうするの?」


「私は……、しばらくは上野に戻ることにするよ。今回の件を父や兄に伝えて、日本をより良くするために立ち上がらせないといけないからね」


 そう言って、気持ちよく笑う琴さんの笑顔は誰よりもかっこいい。


 日本で一番カッコいいんじゃないだろうか。



 俺はイネさんと、竹子と八重の方を見た。


「みんなはどうします?」


「宮地様が殿に会われるのなら、私は京に行きとうございます」


 自分の今後がかかっているだけに中野竹子は松平容保との交渉の場に居合わせたいようだ。考えてみれば当然だよな。


「私も竹子ちゃんについていきます」


 同郷の山本八重も同じ気持ちのようだ。


「……皆さんのように一人では行動できませんし、一緒に行こうかしら」


 イネさんもついてくることになった。


 ということは、しばらくは俺と、イネさん、会津コンビで動くことになるが、これだと尊王攘夷派の襲撃を受けた時に心もとない。護衛が欲しいところだ。


 そうなると、困った時の試衛館。


 新選組の面子から誰か借りるのが良いだろう。



 その上で、一旦横浜まで戻ってジョン・ニールに報告をして、しかる後、横浜から船で大坂へ向かい、そのまま京に入るのがいいだろう。


 陽が明るいうちに試衛館に向かおうと思って、三人を連れてそそくさと進む。



 しかし、それがかえって良くなかったようだ。


「おい、おまえ、ちょっと止まれ」


 ドスの利いた声が、突然裏道の方から飛んできた。

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