第13話 燐介、英国代表として幕府と交渉する②

 翌日、総司とともに江戸城へと赴いた。


 勝海舟と交渉をすることになっているが、立場としてはイギリスの使節ではなく、土佐の脱藩者という扱いだ。


 ペリー等、中に入っている者がいないではないが、やはり外国人を簡単に江戸城に入れるわけにはいかないという幕府の面子があるのだろう。


 ただ、俺は幕府での役職は何もないし、土佐でも何もやっていない。山内豊信は俺のことを覚えてはいるだろうが、相手にしてくれるか分からない。そんな俺が江戸城の奥に入ることはできないし、ましてや将軍と会うなんてもってのほかだ。


 ということで、江戸城に入ってすぐの三の丸で待機だ。


 城の建物については正直それほど知らないが、ここは諸大名の家臣達が待機するところらしい。まあ、俺にはうってつけの場所ではあるのだろう。


 個人的にはそんなに気にはしない。正直、皇居の奥に行ったこともなければ、それほど興味もなかったし。



 待つこと一時間で勝海舟がやってきた。


「よぉ、燐介。アメリカで別れて以来だな」


「そうだねぇ」


「あいつはおらんのか?」


 恐らく、諭吉のことだろう。


「仲が良くなさそうだから、連れてこなかった。会いたかった?」


 俺の答えを嫌味と受け取ったらしい、苦笑交じりに「馬鹿言え」と答えてきた。


「おまえさん、イギリスの要請を持ってきたと言うが本当か?」


「本当だよ。まあ、信じられないのも無理はないけどね。どうする?」


 断られたのなら、断られたとニールに伝えればいい。少なくとも、その方がニールにとってはやりやすいだろう。


「ずっと海外にいたおまえさんが、日本までやってきたんだ。信じるしかないだろう。で、条件は何だ?」


「まずは賠償金。もちろん主犯は薩摩だと分かってはいるけど、イギリス側が得た情報だと、島津久光が来るという話は聞いていなかったっていうことだ」


「殺されたイギリス人が従ったとは思えねえけどな」


 勝がぼそっとつぶやいた。おそらく負け惜しみではなく、本当のことなのだろう。


 ただ、だから「はい。そうですね」という訳にもいかない。


「後は、これまで東禅寺が襲撃を受けたことなども賠償内容に入っていて、しめて7万ポンド。で、薩摩には5万5千ポンドを要求する予定」


「おまえ、俺を殺す気かよ?」


 勝が厳しい表情で言う。


「こんなことを取り次いだら、それこそ切腹もんだ」


「もちろん、俺は取り立てに来たわけではないから、言い分を並べてロンドンに持ち帰ること自体はやぶさかではないよ」


「そうしてもらいてえな」


「ただ、うまく扱えば、幕府にとって悪くない話になるかもしれない」


「……どういうことだよ?」


「例えば半分くらいは仕方ないと約束する。残りの半分は交渉したいと。そうしたら、英国の連中はひとまずそれを飲んで、薩摩に行く」


「薩摩は飲まねえぞ」


「そうなったら、薩摩に脅しをかけるだろう。そこで頼れる尊王攘夷の方たちの出番だ。『鹿児島を救え』と集めたところに、イギリスが大砲を撃つ」


 勝は苦笑した。


 尊王攘夷派が何百人何千人集まっても、英国艦船には勝てない。


 それで目が覚める連中はいるだろう。




 勝は乾いた笑い声をあげた。


「フハハ、おまえさんは相変わらず面白い奴だ」


「そうでしょ?」


「ただ、無理じゃねえかなぁ。一太に聞いてみたら良い。薩摩は今回の状況と、上様との交渉で尊王攘夷派の信頼をかなり失った。生麦の件で『あっぱれ』と思う者はいるだろうが、どうしても薩摩を救いたい尊王攘夷派は少ないだろう」


「あら、そうなの?」


 そういうものなのか。


 確かに、そうした機微は山口に聞かないと分からないかもしれないな。


「尊王攘夷派が従うのは長州だ。薩摩を応援はしないぜ」


「なるほど。そうなんだ」


 長州か。


 長州となると、四か国戦争の頃だろうが、あれはまだかなり先だな。


「ただ、一応抜け道は理解した。半分についても払いたくないとは言うだろうが、それを押し通すのは無理だろうなぁ」


「無理だろうねぇ」


 正直、勝に意地悪をしたいわけではないから、俺の一存でまけられるのならそうしてやりたい。ただ、今回はそういう裁量権はない。7万払えないと言うのなら、それをロンドンに伝えるしかない。


 俺も面白くない立場なのだ。

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