第7話 燐介、ワシントンへ
試合が終わったら、イリノイチームに挨拶に行くつもりだったが、ヒートアップしまくるファラガットを押さえていてそれどころではなくなってしまった。息子のような二人に押さえられる海軍代将、それだけで新聞ネタになりそうだなぁ。
「……ぬぅぅぅ! 負けてしまったではないか。審判、さっきの笛は間違っているぞ!」
6-5という結果に地団太を踏んで悔しがっている。
ここまで感情移入するファンが増えたことは競技全体を考えれば喜ばしいのかもしれないが、この場においてはとにかく迷惑なことこのうえない。
審判も選手達もさっさと引っ込んでしまったので、ファラガットの怒りのやり場はこのグラウンド内にはなくなった。
これで大丈夫だろうと、安心したのは甘かった。とんでもないことを言い出す。
「この怒りを、南軍に向けなければならない! 大統領に早く復職を請わなければ」
贔屓チームが負けた怒りを敵軍に向ける。
敵軍もいい迷惑だし、付き添うデューイは溜まったものではない。
しかし、上官が復職すると言い出したからには、下士官は動かなければいけない。
「代将! まずは医師の診断を受けなければなりません。そのうえで復職を要請すべきです」
とはいえ、上官が復帰したいと言って、「はい、そうですか」ではわざわざついている意味がない。そのために必要なことを伝えなければならない。デューイが持ち出したのは医師の診断書であった。
将官級ともなると、自分一人だけの命ではない。本人の乗る戦艦はもちろん、指揮下にある軍艦の乗員の命もかかることになる。本人が「乗りたい」というだけで乗らせるわけにはいかない。
「ようし分かった! ならば、医師のところに行くぞ」
ファラガットに急き立てられ、デューイはうんざりとした様子で軍医師のところへと向かうことになる。
そういえば諭吉を放っておいたので、一応言伝だけはしておこうかと思ったが。
「リンスケも来い!」
デューイに引っ張られて、そのまま軍の病院まで同行することになった。
まあ、諭吉も全く知らない場所ではないのだし、俺がいなくても何とかするだろう。俺が忘れたわけではなく、ファラガットとデューイのせいなのだから、諭吉もどうしようもないだろう。
馬車に乗って、ニューヨークにある軍病院に入り、デューイが医師に説明している。
こういう時の医師も悲惨だ。
現代なら、色々制約もあるから、あまり雑な診断はできないが、この時代だ。軍のトップが「俺の診断書を作れ!」なんて言えば逆らえるものではない。
30分もしないうちに復帰許可の診断書が出されて、そのままホワイトハウスまで行くことになってしまった。
大統領に会いに行くとなると、俺もリンカーンには一度会いたいから、ついていく方がいいだろうか。
ただ、そうするとさすがに一日で済む話ではなくなってくる。
仕方ないので、ホテルにいるみんなに書置きを残して、引き続きこの二人に帯同することにした。
ニューヨークからワシントンまでの旅は鉄道になる。
鉄道は、南北戦争の帰趨を分けた多くの要素のうちの一つだろう。
南部は農業が主体だから、農地と港を繋ぐものがあれば十分なうえ、天候も温暖だからミシシッピ川など水運に頼ることもできた。そのため、北部と比べると鉄道路線は遥かに少なかった。
結果、北部と南部の鉄道路線の長さは三倍程度もあり、車両数にも差があった。
更に合衆国がいちはやく戦時体制に入って鉄道を国有化したのに対して、連合国はそうした動きができなかった。
つまり、南部は戦端の維持を水運に頼らなければいけない。
南北戦争最大の名将は、南部側のロバート・リーである。
しかし、彼がいかに勝っても進軍するためには補給がなければならない。
だから、北部はリーを止めることも大切だが、それ以上にミシシッピ川流域を代表とする水運奪還にも努めることになった。特に大西洋への出入り口となるニューオーリンズは激戦地となった。ここを取っておけば、南部が綿花を輸出することもできなくなるからな。
結果として北部は全て成功して、最終的には勝利に至るというわけだな。
それに貢献するのがこのファラガットということになるし、デューイはここで経験を積んで後々米西戦争で活躍することになるわけだ。
こうした工業力で圧倒的なアドバンテージを取るというアメリカのスタイルは、現代まで続いていると言っていいのかもしれないな。
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