第6話 デューイとファラガット

 千人も観客がいるとなると、飲み物などの売り場も設置されている。


 ハーフタイムの間に、俺たちは飲み物を買うことにした。


「拙者はもちろんビールだ。よろしく頼む」


 諭吉から金を預かり、スタンド近くの売り場に進む。


「あれ、リンスケじゃん」


 唐突に声をかけられた。振り返ると、背後に長身の海軍服姿の男が立っている。


「おまえ、もしかしてジョージ・デューイ!?」


「そうだよ。いつの間にアメリカに戻ってきていたんだ?」


「昨日だよ」


「昨日の今日でこういうのを見に来るなんて、リンスケらしいな」


 デューイはハッハッハと豪快に笑っている。


「うるさいよ。あんたは海軍の兵士なのに、こんなところにいていいのか?」


 俺の反論に、デューイはまたハッハッハと笑った。


「バカを言うんじゃないよ。兵士だって休みは必要だからな。俺はきちんとした休暇を貰ってここにいるのだ。上官と一緒にな」


「上官?」


「おお、そうだ。ちょうどいいから、リンスケにも紹介しよう。こっちだ」


 と、デューイは俺の腕を引っ張った。諭吉の分のビールを買えていないのだが、まあ、いいか。



 観客席の最前列に、その男はいた。


 どっしりとした雰囲気の男で、海軍の偉い奴という風格が漂っている。


「代将殿、今、戻りました!」


 と言って、デューイがビールを渡す。


 代将ということは、ペリーと同じ階級ということか。


 現時点では一番上ということだな。


「ご苦労。おや、一緒にいるのは誰だね?」


「はい! 彼は大統領とも面識のある日本人のリンスケ・ミヤーチというものです!」


「ほう、君が有名なリンスケ・ミヤーチか」


 彼は立ち上がり、手を差し出してきた。


 でかいな、190近くありそうだ。横幅もがっしりしていて、年齢はともかくこのままグラウンドに送り込んでも活躍できそうな体格をしている。


「私はアメリカ海軍の代将デヴィッド・ファラガットだ。今後ともよろしく」


「ど、どうも......」



 デヴィッド・ファラガットの名前は聞いたことがあるぞ。


 南北戦争中の海軍指揮官としては一番有名な存在だったはずだ。ぶっちゃけ、海軍大元帥になったデューイよりも大物ではないだろうか。


「リンスケ、ここに座れよ」


 デューイがファルガットの反対側の隣の席を指さした。


「ただ、俺は諭吉と来ているんだが」


「少しくらい話をしても構わないだろ?」


 と言われると、さすがに断りづらい。ファラガットも俺が挨拶だけしてそそくさといなくなるとあまりいい気分はしないだろうし。


 仕方ない、15分ほど付き合うことにしよう。



「アメリカ海軍はどうなんですか?」


 相手が代将である以上、そうした質問をした方が無難だろう。俺はちょっと尋ねてみた。


「全く問題ない。連合国軍を叩きのめす準備は万端! 唯一の問題は私が負傷したことくらいだ」


「負傷したのですか?」


「そうだ。それで治療のためにしばらく休養をもらったわけだ」


 なるほど。ファラガットがここにいる理由は分かった。ただ、それはデューイがここにいる理由にはならないように思える。


「何でデューイもくっついて休んでいるわけ? ズル休み?」


「そ、そんなわけはないだろう!」


 あ、デューイがかなり怒ってしまった。


「彼はわたしの直属下級士官なのだ。だから、療養中も付き合ってもらっている。さぼっているわけではないから安心してほしい」


「そうなのですか」


 よくよく考えてみれば付近に他の観客も多い。軍人がさぼってフットボールを見ているなんて広まったら、あまり良くないから、この話題には触れない方がいいか。




 そうこうしていると、選手たちが出てきて、後半が始まった。


 そこで事態が一変する。


 ニューヨークの選手たちがボールを抱えて進もうとして、イリノイチームの面々に阻まれる。途端にファラガットが立ち上がった。


「何をしている! 合衆国民は前進あるのみ! ひるまず進め!」


 とんでもない大声でニューヨークの選手たちに激を飛ばしている。周囲の観客は「また始まったよ」という諦め半分の顔をしているから、多分前半からこんな様子だったのだろう。


 ちらっとデューイの様子を見るが、先程まで「上官殿!」とか言っていたのに、今は少しずつ距離を置いている。何という薄情な奴だ。



 とはいえ、気持ちは分からなくもない。


 試合に入り込むファンはよくいるが、このおっさんは一番面倒なタイプだ。ビールを飲ませたらいけないタイプだ。


「何故だぁ! 何故止まるのだ!? もっとしっかり戦え! それでも合衆国民か?」


「いや、ファラガットさん、相手のイリノイだって合衆国民ですから」


 俺はなんとか止めようとするが、止まらない。


「進め! 進むのだ!」


 叫ぶファラガットを、デューイと二人がかりで抑え込んでいるうちに、諭吉のところに戻ることをすっかり忘れてしまっていた。

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