第5話 燐介、アメリカンフットボールの黎明を見る
ニューヨークに着いた途端に訃報を聞いてしまい、何ともガッカリなスタートとなってしまったが、辛いことばかりではなかった。
明日、イリノイ・フットボールチームが近くで試合をするという。
アメリカに残った彼らと別れてからかなりの日々が経っている。
再開が楽しみだし、どんな試合をするのだろう。
果たして進化しているのだろうか?
翌日、俺は諭吉も連れて、近くのグラウンドへと向かった。
簡易スタンドが作られているところで千人くらいは入るようだ。
そして、千人以上の観客がそこにいる。これはかなりのものだ。
試合前に挨拶に行こうか、とも思ったが、彼らの集中を削いでも悪い。試合後に会いに行くことにしよう。
午後3時に試合開始。その5分前に選手たちが入場してきた。
「おぉ、コーリーにトーマス達だ。久しぶりだが元気そうだなぁ」
と、最初は感慨にふけったが、しばらくすると違和感を抱く。
「おい、燐介。あいつら、随分と大きくなっていないか?」
諭吉も同じ違和感を有したようだ。
そうなのだ。あいつら、随分と大きくなっている。
大きくなっているというのは横幅だ。全員、3キロから5キロくらい増量しているのではないだろうか。
現代のフットボールはパワーもエネルギーも必要なので化け物のように鍛えているが、この時代はそんなものは必要ではないはずなのだが。
「うん?」
続いて主審が持ってきたボールを持って、俺は目を見開いた。
あいつら、ラグビーのボールを持っているぞ。
「燐介よ。もしかして、彼らはラグビー式フットボールをやるのか?」
諭吉の抱いた疑問は、俺がたどりついた答えでもある。
以前にも触れたが、この時代、ラグビーとサッカーはまだ同じフットボールの範疇だった。各地で独自のルールがあり、「ラグビー式」とか「協会式」があったりした。
イリノイ・フットボールチームは正直無敵だった。
飽きて別のルールにすることにしたのだろうか。
試合が始まると更に仰天した。
対戦相手はニューヨークの地元チームのようだが、チームの1人がボールを確保し後退した。その前に別の選手が出ていき、イリノイチームの選手たちと押し合いへし合いをやっている。
これは、もしかして?
疑問は確信に変わった。
ニューヨークチームの選手は前にパスを投げた。前に走る別の選手が取ろうとして、イリノイチームの選手に阻まれる。
するとまた、ハーフラインからニューヨークチームの同じ選手がボールを持って後退した。
これはラグビーではない。
アメリカンフットボールに近い競技だ。
世界最大のスポーツ国アメリカでもっとも人気のある競技、それがアメリカンフットボールだ。NFLは年間僅か20試合程度しかしないが、そのほとんどが全米でも屈指の資産価値を持つ。
スーパーボウルはアメリカ国内最大のスポーツイベントだ。日本でこれに対抗しうるものは国内スポーツの中には存在しない。紅白歌合戦くらいになるだろうか。
そんなアメリカンフットボールがいつ頃誕生したのかははっきりしない。
最初の試合が行われたのは1869年で、他のスタイルと同様に大学の対抗戦の中で行われたという。
といっても、当時はラグビーに近いものでメンバーは15人だったし、攻撃権なども明確ではなかった。
その後、1870年代後半からアメリカンフットボールの父と呼ばれているウォルター・キャンプが中心となってルール改正が図られていき、現行ルールに近いものへと移行していったという。
となると、このアメリカンフットボールは歴史より早いのではないだろうか?
前半が終了して、3─2とイリノイが1点リードしている。完全に違うルールであるため、以前のような別格の強さはない。ただ、本人達は充実した表情でプレーしている。
フットボールに限らず、あまりに勝ちすぎると、周囲も引いてしまうし、対戦を拒否されてしまうこともありうる。
それならばと新しいスタイルを作り出したのかもしれない。
「中々に激しい競技になってしまったな。かつてマルクス達とプレーした時のようだ」
ハーフタイム中の諭吉の感想だ。
そうか。
それもあるのか。
あのマルクスのチームとの試合は本当にめちゃくちゃだったからな。ボールそっちのけで蹴り合いをしていたが、そういう中でアメリカンフットボール的な素養も芽生えていたわけか。
「それに国内で戦闘をしているが、それを思い起こさせる動きだ」
確かに、アメリカンフットボールはボールを前進させるために実に様々な作戦がある。ボールを持って走ることもあるし、パスで一気に投げることもある。フィールドの中央では攻撃側の選手は味方の前進を助けようとしていて、逆に守備側の選手は妨げようとして押し合いへし合いになっている。
こういうところも戦場に近いと言えるのかもしれない。
南北戦争というアメリカ史上最大の戦争が行われているだけに、戦闘や軍に近いものを呼び起こさせるアメリカンフットボールがもてはやされているのだろうか。
そうだとしたら、少し寂しい話だ。
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