第4話 ジム・クレイトンの死

 10月29日、俺達はニューヨークに到着した。


 その日は夜だったので、一晩ホテルで泊まり、翌朝、地域野球の本部を訪れることにした。



 南北戦争たけなわではあるが、ニューヨークのあたりは戦場から離れていることもあって、戦時中を思わせるものはない。そこは一安心だ。



 ホテルで一泊し、翌朝、野球連盟の本部を目指す。


 色々なことが起きたが、依然として本部はそこにあるのだろうか。アレクサンダー・カートライトはいるだろうか。


 本部の建物は依然としてそこにあった。


 ただ、雰囲気が暗い。出入りしている面々がことごとく暗い表情をしている。


「燐介よ。彼らはかなり暗いが、戦争の影響だろうか?」


 隣にいる諭吉は、俺よりもそうしたことには敏感だ。当然雰囲気の変化に気づく。


「俺に分かるわけがないだろ」


 そう答えたと同時に、カートライトが本部から出て来た。ちょうどいい。


「おーい!」


 呼び止めると、カートライトがこちらを向いた。


 ギョッと驚いたような顔を見せた。まさか戦時中に、俺がやってくるとは思わなかったのだろうか。


「久しぶりだな、カートライト殿」


 諭吉も近づいた。


「おまえ、リンスケなのか?」


「いや、俺以外のリンスケはいないだろう?」


 日本なら林助とかがいるかもしれないが、ここアメリカでリンスケという名前の者がいるとは思えない。


「この、馬鹿野郎!」


「どわぁ!」


 いきなりカートライトにぶん殴られ、俺は大きくふっとばされる羽目になった。




「な、何するんだよ!?」


 いくら何でも久しぶりに会うカートライトにぶん殴られる覚えはないぞ!


 いや、覚えがあるなら殴っていいわけではないけどな!


 佐那もそうだけど、俺をいつでも殴っていいサンドバッグか何かと勘違いしていないか!?



 正当なはずの俺の文句は、しかし、カートライトの涙の叫びにかき消される。


「馬鹿野郎! 何で今頃来るんだよ! 何で、あと10日早く来られなかったんだよ!」


「な、何のことだよ……?」


「ジムが、ジム・クレイトンがなぁ、死んでしまったんだ!」


「あっ……」


 そうだった。


 アメリカ初のプロ野球選手とも言われたジム・クレイトン。


 彼が21歳という若さで死ぬということを、俺は知っていた。


 だから、彼を早い段階からイギリスに連れ出していたが、アメリカに戻ってから、彼は元の野球中心の生活に戻っていた。


 イギリスに連れ出したことで多少変わるのではないかと期待していたが、やはりダメだったのか……



 衝撃を受けたのは俺だけでない。


 みんな、ジム・クレイトンのことを知っている。何てことだ、と全員が沈痛な表情だ。


「辛かったな、カートライト殿」


「気を落とさないでください」


 佐那も諭吉も含めて、皆がカートライトを慰めている。


 それはいいんだけど、殴られ損になった俺も慰めてくれてもいいんじゃないだろうか。



 既にジム・クレイトンの葬儀は終わったということで、俺達は彼の墓に行くことになった。


「しかし、クレイトン殿はどうして亡くなられたのだ?」


「ああ、14日の試合だったかな。その試合では大活躍したんだ。4回二塁打を打って、そして次はホームランさ」


 以前にも触れたが、この時代は打ちやすいのだが、ボールの質が悪い。中々ホームランを飛ばすことはできない。


 ジム・クレイトンはそれを簡単にやってのけたのだが、それだけのフルスイングは体に負担をかけていたのだろう。


「そのホームランの後、スイングが強すぎたのか、腹が痛むと言い出した。その時は、誰も深刻に思わなかったのだが、翌日になって立てなくなって、そのまま病院へと行くことになった。その時にはもう手遅れだった」


 手術らしい手術もできないまま、18日に亡くなったと言う。


 俺達がリヴァプールを出発した前日か。


「スイングが強すぎて死ぬというのは、クレイトン殿の力は恐ろしいものだったのだな」


 諭吉の言葉に、佐那と琴も「自分達も気を付けないといけないな」と頷いている。



 力が強すぎたということもあったが、無理をしすぎていたのかもしれない。


 自覚症状くらいはあったのだろうと思う。


 しかし、クレイトンは野球界のスーパースターだった。


 南北戦争中という時代、彼がいなければ野球を見に来る者も少なくなる。


 だから、無理をするしかなかったのではないだろうか。



 俺は彼が復帰するのを止めようとした。


 それは無理な理屈だった。こうなることが分かっているという前提でのみ許された制止だし、「おまえは21歳で死ぬから、もうやめておけ」なんて言えるはずもない。


 結局、俺は止められなかった。


 それは正しいことだったのだろうか……?


 悔いても仕方ないかもしれないが、他に何かできることはなかったのか……


 考えたくなってしまう。

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