第3話 燐介、竹子と話をし、帰国の途に就く
翌日、ダウニング街に向かう途中でハタと気が付いた。
今回の旅程、行くのは東周りになるのだろうか?
どうせ日本に戻るのならば、できれば西回りでアメリカに立ち寄っていきたい。
アメリカの現状を見たいし、もう大分会っていないイリノイ・フットボールチームの面々やアレクサンダー・カートライトとも会いたいし。
よし、それは主張しよう。
そのくらいは主張しても許されるはずだ。
外務大臣のオフィスに行くが、今日はエドワードとアブデュルハミトはいない。
まさかとは思うが、あの二人、佐那に余計なことを吹き込んでいたから、逃げたのではないだろうか?
「これが私の名前を記した文書だ。これを持っていき、ヨコハマにいるジョン・ニールと話をしてくれたまえ」
「分かった。それとは別に一つお願いしたいことがあるのだが」
「何かね?」
「できれば、アメリカに寄ってから行きたいんだ。南北戦争の状況も見てみたいし、俺の他の活動にも関わってくるし」
ラッセルが「ふむ」と鼻を鳴らす。
「つまり、西から行きたいということか」
「そうだ。あとはメキシコの状況も気になるな」
「そうなると、一年くらいかかるのではないかね?」
「いや、そんなにはかからないよ」
太平洋と大西洋横断は一か月ちょっとでできるはずだ。往復でも三か月くらい。
アメリカやメキシコでの滞在もどれだけ長くても二か月にはならないだろうし、日本にどのくらい滞在するかは分からないが、船の手配さえ何とかなれば七か月くらいでイギリスまで戻れるはずだ。
「……まあ、良いだろう。どうしても君でなければならないことがあれば、また連絡するとしよう。船は二日後に手配しよう」
ラッセルと話がついて、西へと向かうことになった。
すぐに宿舎に戻って、諭吉や佐那達にスケジュールを伝える。
そのうえで、俺は中野竹子を呼び止めた。
「少し話したいことがある」
「分かりました」
竹子も素直に頷いた。むしろ、周囲が不安そうだ。
「一緒に聞いても構わないけれど」
「いいえ、私のことであれば、私だけで構いません」
竹子ははっきりと答えた。さすがに幕末で名前を馳せた大和撫子。しっかりしているなぁと感心しながら、隣の部屋に移った。
「アブデュルハミトの件なのだが、正直、どう思っている?」
俺は率直に尋ねてみた。竹子は困惑した様子であるが。
「……私は母上様や周囲と同じで、家が決めた殿方と結婚するものと考えておりました。ですので、突然あのようなことになって戸惑っています」
「知っているとは思うが、あいつはオスマン帝国の皇太子だ。オスマン帝国はかなり弱体化しているが、ヨーロッパの強国の一つだ。そこの皇太子妃になるということは、それほど悪いことではないかもしれないし、日本とオスマンの関係が強くなる」
「……はい。私ももちろん地図で確認いたしました」
それはそうだよな。普通は調べるよなぁ。
ただ、彼がこの後どうなるのかが分からないんだよな。現状だとアブデュルアジズに何かあった場合はまずムラトが継ぐと思うが、そのあたりがどうなっているのか。
「俺も彼について、日本で調べてみたいと思うが」
とまで言ったところで、竹子が「あれ」という顔をした。
「アブデュルハミト様のことを、日本でどうやって調べるのですか?」
あ、しまった。
俺は山口に聞くつもり満々だったが、考えてみれば竹子の言う通りだ。日本でオスマン皇太子について調べるなんて言うのは、理解不能な話だ。
「い、いや、幕府の中には、トルコに詳しい者もいるからね」
と言い訳をして、どうにか納得してもらった。
「俺はどの道、またしばらくしたらイギリスに帰ることになる。その時、君がどうしても嫌だと言うのなら、素直に言ってくれればいい。俺からアブデュルハミトにはっきりと言う」
「……分かりました」
これで良い。
あとは、本人が選んでくれればよい。あくまで会津の中野竹子として生きるというのならそれはそれで本人の運命だ。竹子が嫌だと言った場合、アブデュルハミトも多分諦めるだろうし、それでも尚、本気なら日本とオスマンの交渉を仲立ちすれば良い。
もし、彼女がオスマンの皇妃を選ぶというのなら、それも悪い話ではないだろう。少なくとも、史実よりは長生きできるはずだ。
そんな話を抱えつつ、翌々日の10月19日。
俺達はリヴァプールから、まずはアメリカ・ニューヨークを目指す旅に出た。
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