第6話 勝海舟、勝負に出る③

 私は勝海舟に引きずられるように本丸まで登り、共に将軍・徳川家茂にお目見えする。


「おぉ、一太。戻ってきたのか?」


 将軍は少し明るい表情を見せたが、次いで勝の表情を見て真顔に戻る。


「どうしたのだ? 安房(勝は安房守を名乗っている)?」


「上様、程なく島津が江戸にやってきます。その前に、先手を打って、我々から改革案を出すべきでございます」


 そう切り出し、勝は先程の私との話を逐一説明していった。


「責任はこの勝が引き受けます。突然のことではございますが、どうかご決断を!」



 本当だよ、突然すぎるだろ、と内心で突っ込んでしまった。


 将軍からしたら、「いきなりそんなことを言われても」な話だ。勝に全責任を被せると言っても、現実味は薄い。せめて老中の一人くらいは引き入れたいところであるが、この短時間で老中を説得するのも難しい。


「安房よ。おまえが全責任を負うというのは無理だろう」


「しかし、このままでは幕府が」


「分かっておる。それは分かっておる。だから、責任を負うのはこの家茂でなければならぬ」


「……!」


「あくまで、幕府の頂点にいる余がなしたと言わなければ、島津は納得しないであろう」


 その通りだ。


 そのうえで改めて、勝の内容を紙に記させる。


「……ふむ、加賀と薩摩、肥前の三大名を外部から幕政に参画させるのか……」


 家茂が関心を示したが、勝は面白くない顔をした。


「この部分は、拙者ではなく、一太が考案したことでございます」


「ほう、一太が……?」


 将軍が私を見た。


「確かにこのような時勢だ。越前、水戸も含めて、有力な者達の合議にした方が良いかもしれないな」


「左様でございます」


 私は言われた通りに頷いた。


 実際には、別の意図もある。



 加賀・前田家については、国内が前田斉泰になびきすぎている問題がある。これを加賀からひっくり返すのは不可能であるし、後継者である慶寧も期待できない。であれば、彼を幕政に引きずり出すことで、前田家自体をもう少し風通しの良い状態にしたい。


 肥前については、単純に鍋島閑叟がもっとも頼りになるだろうという観点からだ。政治的な面においても、比較的中立的であるだけに、引き入れてもダメージは少ない。


 また、この前会った江藤新平の協力を得ることもできる。江藤は切れる男であり、頼りになりそうだが、切れすぎることが問題となりうる男でもある。


 彼を途中から入れると軋轢を起こす可能性があるから、最初から何かを任せて存分に力を発揮させた方がいい。



 最後に、島津はどうか。


 ここには若干の賭けがある。



 島津を引き入れると、久光は当然改革を主導しようとするだろう。実際にそうなってしまえば将軍の権威に傷がつくかもしれない。


 ただ、実際にそうなる可能性は低いと私は考えている。


 何故なら、程なく島津家は生麦事件を起こしてしまい、幕府どころの話ではなくなるからだ。イギリスが鹿児島に攻めてくるかもしれないという時に幕府参事の仕事をこなすようなことはないだろう。


 だから、何を任せたとしても彼は辞退せざるを得なくなるはずだ。


 辞退することが見えているのだから、彼に任せてしまっても問題ない。むしろ大きなことを任せて辞退させた方がよい。後々、「島津公があの時、改革案を持ち込んできたので参事にしましたが、辞退しましたよね? 今更、何か言ってこられても困ります」と言い返せるからだ。



 但し、これはあくまで生麦事件と薩英戦争が起きるという前提のことだ。


 既に何点かで歴史が変わっている。


 また、今回、島津久光にとって不愉快な事態を起こすのであるから、激怒して横浜を通らずに帰ってしまうかもしれない。


 つまり、生麦事件そのものが起きなくなる可能性もあるということだ。


 そうなった場合、幕府にとっては非常に都合が悪いことになる。これを勝が提案したのであれば、とてつもない責任を負わせることになる。


 私の賭けに勝を付き合わせるわけにはいかない。ここだけは私が背負い込むしかない。



 将軍はしばらく私の顔を見ていたが。


「一太が言うのなら、間違いはないだろう。安房、今日中に案をまとめられるか?」


「何とかやってみせます」


「よし、それでは夕刻、余が宣言しよう。そのうえで島津にも伝えるものとする」


「ははっ!」


 勝は素早く平伏して、一転して起き上がると、祐筆らを呼んだ。


 やる気がある時の勝は本当に頼りになる。改革案の作成はこのまま任せてしまって良さそうだ。

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