第3話 一太、横浜に立ち寄る③
「色々伺いたいことはございますが、最も聞きたいのはイギリスについてです」
「イギリス?」
「私も、
「何故、そう思うのだ?」
「東禅寺の人達もそう申しておりますよ。山口一太という人物は、イギリスの権威を何とも思っていないようだ。もちろん、無知ゆえにそういう態度に出る者は山ほどいるが、知ったうえで軽んじているように思えてならない、と」
「ふむ……」
これは驚きだった。
私自身、そういうつもりは全くなかったのだが、無意識的にイギリスを軽く扱っている、ということはありえないではない。
21世紀に生まれた私にとって、イギリスは最強国ではない。私の知る最強国は当然アメリカ合衆国だ。その次を挙げるとしても、日本に生まれた私からすれば、脅威という面も含めて中国が来てしまう。
ヨーロッパという観点でも、イギリス、フランス、ドイツが主導的地位にあることは理解しているが、現在はドイツが一歩上なのではないだろうか。
そういう意識が無意識に発現している可能性はゼロではない。
それはそれとして、善英の質問だ。
「何をもって世界一となすのかはっきりしないが、イギリスが世界一というのは間違いないのではないか?」
「今後もずっと、そうでしょうか?」
「……」
これもまた答えづらい質問だ。
史実では、国別としては第一次世界大戦の頃にはアメリカが抜いている。
ただ、植民地地域も入れるならば、第二次世界大戦がアメリカとイギリスの逆転する時代ということになるだろう。以降、イギリスは植民地も失っていき、維持が精いっぱいとなるのに対して、アメリカにはそうした停滞要因はなく、現代まで発展している。
もちろん、そんなことを詳しく言うわけにはいかない。
善英はそうでなくても、私のことを怪しいと思っている節がある。「何故、そこまで分かるのですか?」と追及されるに違いない。
が、彼女が英国大使館とも顔なじみである以上、適当なことを言って追い返すのも面倒なことになりそうだ。
「……当面、イギリスの地位は動かないでしょう。ただ、一番先を行くものは道を作らなければなりません。追いかける側は先を行く者が作った道を追いかければいいわけで、そのうちどこかの国が追いついてくることは間違いありません」
もちろん、国内の安定が必須ではあるが、国がまとまれば先頭を追うことは難しいことではない。制度その他を模倣していけば良いのであるから。
実際、そうやってイギリスは追いつかれたのであるし、日本は追いかける側として良い位置までつけることができた。
「ただ、追いついた側も、追いついたら今度は道を切り開く必要があります。その時、何をするのか、ということはありますね」
「どこが追いつくのでしょう?」
「ドイツ地域は、国が統一されれば面白いのではないでしょうか? 以前、話をしたことがありますが、プロイセンにはビスマルクというやり手の人物がいます。この者がオーストリアを省いて、ドイツを統一すれば発展させると思いますよ」
しまった。
調子に乗ってちょっと言い過ぎたか。
少し焦りながら、善英の反応を見たが。
「なるほど、ドイツですか……」
この点については、さほど疑うところがなかったようだ。
コーヒーを飲みつつ、話が続く。
さすがにあまり根掘り葉掘り聞かれるのは厄介だな、と思ったところで天の助けが入った。
「おーい! ビリー、どこにいるんだ!?」
外から荒っぽい叫び声が聞こえる。
「あ、休憩時間を過ぎていました」
「休憩時間?」
「彼はこの辺りでイギリス人の案内をしているのですよ」
善英の説明に、ビリーが付け加える。
「イギリス商人に顔を売って、いずれはロンドンで仕事をしたいんです。中国はどっちも酷いし、日本も悪いところではないですけれど、ちょっと危険ですからね」
「なるほど。では、私も土方殿と江戸に戻るので、また機会があれば東禅寺ででも」
引き払うにはいい契機である。
私もカフェの外に出て、そのまま居留地の入り口近くにある土方との待ち合わせ場所まで戻っていった。
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