第18話 西郷、長州藩邸を訪ねる①
二人の姿が見えなくなると、長州藩士二人を見た。
「京に戻ろう。そろそろ事態が動き出す」
「……えっ?」
二人は当然、いきなりのことに驚いた。
二人だけではない。土方も「何で?」という顔をした。
「どうしたんだよ?」
「さっきの二人、薩摩の言葉で話をしていただろう?」
「いや、そんなことを言われても俺は薩摩の言葉までは知らねえから」
土方はそう言うが、長州藩士二人は「そういえば」という顔をした。
正確には薩摩言葉を使ったのは後から来た一人だけだ。相撲取りのような最初の一人は終始警戒していて、訛りらしいものがほとんどなかった。
「京の状況について、大坂で話をしなければならないというのはどういう状況だと思う?」
「どういう状況って……」
三人ともピンと来ない様子だ。
ただ、これは無理もないかもしれない。私は結論を知っているからだ。
繰り返しになるが、この時点での島津久光には尊王攘夷実行の意図はない。公武合体の実現のために、京、そして江戸へと向かおうとしている。
しかし、桂も期待していたが、京の尊王攘夷派はそれを知らない。
また、島津久光本人も、京がここまでとは知らない。だから、京の状況を聞いてびっくりして家臣達を派遣し、説得にあたらせた。
それで大人しくなれば良いのだが、そんな生易しいものではない。尊王攘夷派は公武合体派を拉致して、なし崩し的に久光を尊王攘夷に向けさせようとした。
その行動が派手になり、京で説得する間に、大坂や播磨の方で善後策を練ったと言われる。これに西郷隆盛や大久保一蔵も関わっていたらしい。
今、私が目の当たりにしたのは、まさしく西郷と大久保だ。二人は幼少からの知り合いなのでお互いを「吉之助」、「正助」という子供の時の名前で呼び合っていた。近藤と土方が「勝っつぁん」、「歳」と呼び合うのとほぼ同じだろう。
その二人が大坂で、人目をはばかりながら話をしていたということは、久光サイドと京サイドとの交渉はいよいよ大詰めを迎えるのだろう。
つまり、寺田屋での事件はもう間もなく起きるということだ。
西郷が美男子だったというのは驚いたが、彼は写真が残されていない。単純に写真嫌いであったとも、写真によって顔が割れるのを嫌っていたとも言われている。
肖像画は残されているが、あれは本人を前に描いたのではなく、弟の
有名な上野公園の像を見た妻の糸子は「こんな人じゃない」と言ったと言われているし、西郷の本当の姿は謎に包まれていた。
それが分かったというのは、個人的に感慨深いものがある。
京に戻り、長州藩邸に入った。
「おや、随分早いですね」
桂が意外そうに出迎えてきた。数日は遊ぶものと思っていたのだろう。
「俺はそのつもりだったんだが、一太がそろそろ事が起きると言うからな」
土方が、薩摩の者がいたことも含めて、説明をした。
桂は「やはり」という顔をした。
「こちらの方でも、島津公は実は公武合体を目指しているという噂が入ってきていましたが、本当だったわけですか」
「はい。そのうえで、薩摩の幹部達が大坂で話をしていました。しかも、一人が京はもうダメだと話しておりましたから、島津公が京の者達を見限るのは近いでしょう」
「なるほど……」
桂は腕組みをした。
「島津公の決意が固いようであれば、迂闊に手出しすることはできませんね。これで長州が尊王攘夷の筆頭に行かざるを得ない、というわけか……」
桂の言葉を聞いて、下っ端の二人は目を輝かせた。
実際、歴史もそう動くのであるが、桂から「長州が一番上に押し上げられると、多くの者が死ぬことになる」と聞いているだけに、複雑な気持ちになる。
それから二日は緊張しつつも何事もない。
事態が動いたのは4月1日の昼だった。
「桂先生!」
久坂玄瑞の大声が響き渡った。
「どうしたのだ?」
「薩摩の者が、桂先生にお会いしたいと」
「薩摩の者が?」
桂がけげんな顔をして、久坂をチラッと見た。その後、数秒思案して「案内なさい」と答えた。
久坂がいなくなると、私の方をチラッと見た。
「久坂君は尊王攘夷派とは仲がいい。その彼が、薩摩の者はというのならば、島津公の側にいる人物でしょう」
「なるほど」
「長州藩邸にも尊王攘夷派が多いことは分かっているはず。それを承知のうえでやってくるとは、いかに島津公の威光があるとはいえ、たいした度胸をしています」
「そうですね……」
「ついてきますか? 構いませんよ」
桂に問われた。
私が関わったとしても、できることはない。
それでも、ここでも興味の方が勝った。
「では、お供しましょう」
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