第15話 一太、島津久光の上洛を待つ①

 金沢を出た後、福井に立ち寄ったのだが、当主松平慶永まつだいら よしなが春嶽しゅんがく)は謹慎中であったため、正直何もすることがなく、京に向かった。

 北陸道を南下し、そのまま京に向かう道中は何もなく、せいぜい土方が二泊ほど遊び暮れていたくらい。

 雪もない道を四日ほど歩き、無事に京まで着くことができた。


 この時代の京は江戸とは比較にならない程、尊王攘夷派が集まってきている。

 迂闊うかつなことを言えば、即、斬り捨てられかねない。

 なので、入京前にあらかじめ土方と打ち合わせをしておく。

「お互い、御影の廻船商人と薬商人ということにしておきましょう」

「分かった」

 お互いの身分を確定させると、三条大橋から南に向かい、現在で言うところの伏見区に入る。かつて伏見城のあった桃山丘陵を傍目に、南西に向かうと、宇治川の支流である濠川ほりかわがある。

 この濠川に面したところにある大きな船宿が寺田屋。

 後に坂本龍馬が幕府の捕り方に襲撃されたことでも有名だが、間もなく、薩摩藩士が壮絶な同士討ちをする場所だ。


 もちろん、直接関わり合いになるつもりはないが、せっかくの機会であるから近くで見たいという思いもある。

 川を渡った久世郡くぜこおりに、酒屋があった。私の身分は酒商人だし、実際に酒の知識もある。話をしつつ、泊めてもらうことにしようと思ったが。

「……最近、このあたり物騒なんでねぇ。あんたが何者か分からないし」

 と、けんもほろろに断られてしまった。


 追い出された私は周辺で尚も宿となりそうなところを探した。

「もうちょっと北にした方がいいんじゃねえか?」

 しばらくすると土方がそう提案してくるが、そうなると薩摩藩の動きがよく分からなくなってしまう。


 もちろん、寺田屋での顛末が見たいという多少ミーハーな理由もあるのだが、この事件の後に島津久光がまず朝廷に、ついで江戸まで来て将軍とも会うことになる。

 そこにはついていたいという思いがあった。

 だから、近くに泊まれそうな場所がないかと見て回っていると、土方が。

「おい、やばいぞ、一太、前を見ろ」

 と、小声で話しかけてきた。

 前を見ると、確かにいかにも怪しそうな浪士が数人待機している。

 明らかにこちらを警戒しているようだ。迂闊に進めば尋問、あるいはいきなり斬ってかかられるかもしれない。


 となると、多少怪しい動きになるが、戻るしかないと思ったら……。

「げっ」

 土方がうめき声をあげた。

 こちらにも数人の浪士がいる。

 完全に前後を挟まれてしまった。

 そのうえでじわじわと前後から距離を縮めてくる。


 大変なことになった。

 私の剣術はそれこそ、素人よりはマシというレベルだ。

 土方は並の武士よりは強いが、試衛館でトップクラスというわけではない。

 この二人で、前後十二、三人という中を斬り抜けることは不可能だ。

 といって、横に逃げるのも不可能だ。民家に侵入するという問題行動になるのはもちろんのこと、仮にそうするにしても窓に格子があるから、それをぶち破るしかない。それでは我々が犯罪者のようになってしまう。

「仕方ねえ。突っ込むか」

 土方が言う。

 確かに前方の方が人数は少ないようだ。

 それでも突破できる自信はないが、黙っていても斬られるだけならヤケクソでも突っ込んだ方が良さそうだ。


 やはり、土方と二人で来るというのは無謀過ぎた。

 後悔先に立たず、ではあるのだが。


 ともあれ、私も覚悟を決めて、前に駆けだそうとした。

 その瞬間、後ろ側から声をかけた。

「無駄なことはやめなさい」

 あれ、この声は。

 土方も気づいたようで、「うん?」と後ろを振り向いた。

 後ろ側の数人のうち、一人が二歩進み出て来る。落とした声で話しかけられてきた。

「全く、私が最初に気づいて良かった。薩摩の面々が気づいていたなら、今頃、物言わぬまま川に放り込まれておりますよ、山口先生」

「桂先生……」

 今年の頭に別れたばかりの桂小五郎であった。


 そういえば、この近くには長州藩邸もあったことを思い出した。


「こんなところで不用意に歩かれて斬られるにはあまりにももったいない人です。ついてきてください」

 桂の口調は丁寧だが、ほぼ強制である。

 もちろん、私も土方も断れるはずがなかった。

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