第14話 一太、加賀の改革に助言する③

 本多政均は一度腰をあげ、再度座り直した。


 不可解な行動だが、どうやら人払いの合図だったらしい。人の気配が消えてなくなる。

 誰もいなくなったのを確認し、政均が切り出した。

「問題というのは、中将様のことだ」

 中将というのは慶寧のことのようだ。

 さすがは前田家というべきか、藩主になっているわけでもないのに中将まで出世できるらしい。

「加賀は現状、中納言様(斉泰)の下にうまくいっている。だから、中納言様に反対している者は中将様につくわけだが、この選別が全くできておらず、付き合う人間が非常に悪い」

「そ、そのようなことを下級旗本である某に言っても良いのですかな?」

 仮にも次の藩主となるべき人物のあからさまな悪口を口にしたのである。五万石を有する前田家家老としてはあまりに軽率ではないだろうか。

 私はそう思ったのだが、政均は気にする素振りはない。

「何、問題ない。某と一太の格差からすれば、誰も取り合わぬわ」

 なるほど。

 仮に「本多政均がこんなことを言っていた」と漏らした場合、中途半端な旗本が言った場合なら「真か?」ということになるかもしれない。しかし、海外に行ったとはいえ、おまけのような立場である私なら、「おまえごときに本多様が私的な話をするわけないだろう。でたらめを言うな!」となるわけだ。

 考えていないようでいて、考えていることに感心した。


 正直、加賀での前田慶寧の人間関係は全く分からない。

 ただ、後に京都に赴任した際に、彼が色々やらかしたのは事実だ。

 その後始末のために家老が二人切腹し、慶寧は謹慎させられた。それだけでは飽き足らず、斉泰と政均は尊王攘夷派を徹底的に弾圧し、結果として新政府に送る人材がいなくなってしまったのは既に触れたことだった。

 この段階で、政均が私に愚痴るということは、既にその萌芽が見られていたのだろう。積み重ねたものがあっただけに、尊王攘夷派に対する弾圧が強くなったのかもしれない。


「拙者は、上様の命を受けて参りましたのであり、加賀のことに精通しているわけではありません。従いまして、一般論ということになりますが」

「聞こう」

「中納言様の御世みよが四十年以上続いているということは、翻せば、中納言様と距離のある人物は四十年日陰を歩んでいるということになります」

「そうなるな」

「となりますと、どうしてもその反発の度合いが大きくなります。逆もまた真なりで中納言様に近い者達は従わない者に対して嫌悪感を強く持つことになるかもしれません。例えば播磨様(政均)や拙者がこの世に生を受けた時から、反対派は反対しているわけですから。そうなりますと、冷静な判断ができなくなる可能性がございます」

「そのためにどうすればよい?」

「大きなことであれば、幕府に相談すべきでありましょう。幕府や某の言うことは気に入らないかもしれません。しかし、長きに渡って安定している加賀では、対立を必要以上に重く受け止めてしまう可能性がございます」


 池田屋事件や禁門の変以降、加賀以上に悲惨な目に遭った長州では、尊攘派を絶滅はさせなかった。久坂や来島など死亡した者はいたが、高杉のように生存した者もいた。だから、次のステージに進むことができた。

 翻って、加賀では慶寧以外はほぼ絶滅してしまい、次の選択肢がなくなってしまった。それだけ、斉泰の尊攘派に対する怒りが大きかったということなのだろうが、これをもう少し抑えていれば違う選択肢もありえたのである。

「そうなると、何石という規模ではなく、何俵という取り分しかない一太のような者が、加賀のことを決めることになるかもしれないわけだな」


 もちろん、前田家クラスのことを決めるとなると、老中の名前で意見を出すことになるだろう。しかし、その過程で私が口を挟むことは大いにありうる。前田家クラスに意見をしたくないと敬遠して、私の意見が幕府の意見となる可能性もありえなくはない。


「そうなるかもしれません。それでも加賀のためにと耳を傾けるか、一太如き者の意見は聞けぬと退けるかは、加賀の自由にございます」

「ま、そうだな」

 政均はさほど不機嫌な様子も見せずに頷いた。

「確かに拙者が生まれた時から、反対派は反対派だ。中納言様の時代でない前田家を拙者は全く知らぬ。いずれ参考にさせてもらうかもしれん」

「そのようなことがないと願っておりますが、その際には精一杯、加賀のために尽くしたいと思います」

「そうだな。あるかどうかは分からんな」

 政均は両手をパンパンと叩いた。

 取次らしき者が入ってきた。両手に盆を持ち、その上に切り餅が置かれてあった。

 政均はそれを無造作に取り、私の方に差し出す。

「相談料だ。大儀であった」


 私は目を丸くした。

「えっ、こ、これが……」

 切り餅である。25両である。

 私の給与で言うならば2年分に値する。

「何だ? 不足か?」

「め、滅相もございません。本当によろしいのでしょうか?」

「うむ。また、頼むことがあるかもしれんが、その時はよろしく頼む」

「ははーっ」

 やはり加賀藩は金持ちだ。

 それを思い知らされた。


 同時に後ろからものすごい視線も感じる。

 この25両、半分以上は土方の遊興費に消えてしまうのであろう。

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