第13話 燐介、ナポレオン3世とメキシコを語る②
一時間ほど話をしたが、ナポレオン3世の「メキシコを占領する」という決意は断固たるもののようだ。
そこまで決めていることに関して、部外者が「やめろ」と言うことも難しい。
21世紀の現代ですら、難しいことである。ましてやここは19世紀の世界、しかも、相手はイギリスと共に世界をリードするフランスの指導者だ。
相手が本気なら止められるはずがない。
結局、それ以上、話がまとまる様子はなく、メキシコの話は棚上げになったし、他の話についても有意義な話にはならなかった。
ただ、「スポーツその他については協力したい」、と最後にもう一度言ってくれたのは有難かったが。
皇帝は次の予定があるらしい、話が終わるとさっさと退席してしまった。
俺達は二人、宮殿の廊下を入り口まで向かうことになる。
「皇后のこともあるから、難しいよな~」
途中でバーティーが言った。
「皇后のこと?」
俺には何のことか分からない。皇后ウージェニーもメキシコ遠征に関係あるのだろうか?
「そうだよ。あの人はゴリゴリのカトリックだから」
「カトリック……? あぁ、そういうことか」
以前、ウージェニーにオリンピックの話をした時、彼女がすぐにローマ教皇の話をしたことを思い出した。彼女はカトリックにかなり入れ込んでいる。で、元々、中南米地域はスペインがカトリックを強く布教していた地域である。
今は独立しているが、昔のようにカトリック信仰の強い国にしたいという願いがあるのかもしれない。
これも正直、現実離れした願いだとは思う。
ただ、繰り返すが、相手はフランス皇帝と皇后である。そんな理屈は通じないだろう。
宮殿を出て、ぶらぶら歩いてみる。
バーティーはかなりラフな態度だ。後頭部で手を組んで、右を見たり、左を見たり。
仮にロンドンで誰かに見られたら、「プリンス・オブ・ウェールズともあろうものが」と説教タイムに入ること間違いなしだが、ここはフランスだから、そういう心配はない。俺もそこまで細かいことを注意したいわけではないし。
そんな態度のまま歩き、とりとめのないまま話をする。
「メキシコから手を引かせるのは難しそうだけど、マクシミリアン大公がメキシコ以外のところに行くことの了承は得たから、成功は成功じゃないかな?」
この言い分自体は確かにその通りだろう。
ただ、根本的な解決にはなっていない。
「代わりのメキシコ皇帝はどうするんだ? アテはいるのか? イギリスに探してくれと言っていたぞ。下手すればおまえの弟がメキシコに行くんじゃないか?」
ヴィクトリア女王は子沢山で、男子もバーティーの他にアルフレッド、アーサー、レオポルドと三人いる。
アルフレッドがギリシャ国民によって国王候補に立てられたことは以前にも触れたが、今度はより年下のアーサーとレオポルドを派遣してくれという話になるかもしれない。最年少のレオポルドは適当な行き先がなく、フランスになんて話が出て来るかもしれない。
「いや、レオポルドは無理だろう。あいつは病気だし」
「えっ、病気なのか?」
「何だ、知らないのか? 血友病だって」
「血友病……?」
「そうだよ。だから、いつも誰かがついていないといけないし、遠出もなるべく控えないといけない。メキシコなんて論外だ」
「そうだったのか」
確かに重病の人間を連れていくのは不可能だろうな。
血友病といえば、ロシアの最後の皇帝ニコライ2世の息子も血友病だったはずだ。で、これをラスプーチンが治したということで、皇帝の信頼を得たという話があったはずだ。
その時は特に何とも思わず聞いていたけれど、ひょっとしたら、ロシアの皇族にもヴィクトリア女王の家系の血が入っていたのかな。
※ニコライ2世の妻アレクサンドラはヴィクトリアの次女アリス(ヘッセン大公妃)の娘。
「レオポルドが無理なら、アルフレッドかアーサーをメキシコに寄越せと言ってくるんじゃないか?」
「そんなことはないと思うけどなぁ。でも、帰ったら、政府と相談しておくよ」
「そうだな。話も終わったし、帰還しないと」
俺が帰国の話を持ち出すと、バーティーは「えっ?」と素っ頓狂な声をあげた。
「何を言っているんだよ? せっかく、ロンドンを出て来たんだから、しばらくヨーロッパを旅行するのが筋だろう?」
「どういう筋なんだよ? 俺は一応万博の日本責任者でもあるんだぞ。いつまでも留守にはしていられないって」
再度帰国を勧めるが、不良王子だけあってバーティーは全く納得する素振りがない。
「いや、ここまで来たからにはマクシミリアンにも話を通しておくべきだ」
「むっ……」
「
くぅぅ、とことんまで不良王子だな。
ただ、こう言われると、俺としても断りにくくなる。
「だから、ウィーンまで行こうぜ」
「……分かったよ」
こうして気づいたら、バーティーとともにウィーンまで行くことになってしまった。
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