第12話 燐介、ナポレオン3世とメキシコを語る①

 およそ一時間で、ビスマルクは帰っていった。

 戻ると、バーティーが明日の予定を教えてくれる。

「明日の九時にルーブル宮殿でフランス皇帝と会う予定だから」

 明日の九時か。

 フランス皇帝ナポレオン3世とはいろいろニアミス続きだった。

 21世紀の現代社会なら、アポも簡単だし、移動も一日あれば済むから、どちらかが会うつもりなら一か月程度もあれば会えるだろう。

 しかし、19世紀だとそうはいかない。大陸一つ移動するのに一か月前後かかるし、電話もないから、満足にアポも取れない。多分、最初に会う話が出てから、五年くらいかかっているんじゃないかなぁ。


 かくして、翌日朝、俺とバーティーはパリの南東にあるフォンテーヌブロー宮殿を訪ねた。

 宮入りはスムーズに進み、二十分後には皇帝ナポレオン3世の応接室まで連れて行かれる。

「おー! おじさん、久しぶり!」

 バーティーがそこにいる人物を見つけて、気安い挨拶をした。

 応接室の奥にある立派なソファに腰かけるのは、立派な軍服を着た立派な髭をもつ、小柄な男だった。俺は日本ではともかく、こちらでは背が高い方ではないが、その俺より10センチ近く低いようだ。

 もっとも、ナポレオン1世もあまり背は高くなかったと言うし、そういう遺伝子なのかもしれない。

 そのフランス皇帝は、バーティーを見ると目を細めて、叔父が小さな甥に対して行うように両手を広げて迎え入れるポーズをとった。

「おぉ、バーティー、元気だったか?」

「もちろんだよ! プチ・フランスは元気?」

「元気だとも。いつもあちこち走り回っているよ」

 プチ・フランスというのは6年前に生まれたナポレオン3世と皇后ウージェニーとの間の息子ルイ・ナポレオン・ウジェーヌのことだ。いわゆるフランス皇太子だ。

 しばらく二人は互いの近況を伝えあっていたが、やがてナポレオンが真顔になる。

「さて、メキシコのことについて話があると聞いたのだが」

 バーティーも真顔に戻った。

「そうなんだ。ここにいるのはリンスケ・ミヤジと言って、俺の友人なんだけど」

 その時初めて、ナポレオンが俺の顔を見た。ジロッと一瞥をくれて、小さく頷く。

「皇后からも聞いているよ。オリンピックという中々に面白いことを考えているらしいね」

「ありがとうございます」

 発言の真意が読めないし、ひょっとしたら彼流の嫌味なのかもしれないが、表面は褒められているのだし、とりあえず、ここは礼を言っておくべきなのだろう。

 とりあえず、皇帝ナポレオンがオリンピック計画を知っていて、大きく反対していないようなのは有難い。


 バーティーが話を続ける。

「ただ、その点ではなくてリンスケがメキシコを訪問して、得てきた情報に基づくものなんだ。聞いてやってくれよ」

「分かった。話したまえ」

 促されたので、ダウニング街で話してきた時と、同じことを話す。

 メキシコは交通網がないので効果的な占領が難しい事、フランスが期待するほどメキシコは親フランスではないこと、メキシコ大統領ベニート・フアレスやその将軍ポルフィリオ・ディアスのような難敵が存在すること。

 そこまで説明して、バーティーが引き継いだ。

「これを聞いて、ロンドンではマクシミリアン大公がメキシコ皇帝になるのは困難だと考えたんだ。だから、イギリスはマクシミリアンをギリシャ王に推す予定だ」

「……むぅ」

「アメリカの内戦も合衆国が割と早くに終わらせると思います。そうなると、アメリカもフランスの介入を良きとしないでしょう」

 アメリカの事情も付け加えた。

 嘘は全く含まれていない。史実でも1865年に終わらせているが、もう少し早く終わるのではないかと思っている。

 ナポレオン3世は少し考えた後、こう言った。

「分かった。イギリスがそう主張することは念頭に置いておこう。だが、メキシコ侵攻をやめるわけにはいかない。できれば、代わりにメキシコ皇帝となる者を見つけてもらえると助かると英国政府に伝えてほしい」

「それは、まあ、いいけど……」

 バーティーは了承したけれど、不服そうだ。

 違う皇帝を探してまで、メキシコ侵攻にこだわるとは想定していなかったのだろう。


 俺も、ナポレオン3世がここまで深入りする理由というのは分からない。

 パリにいるメキシコの亡命者の力がそれだけ強いということなのだろうか。

 いや、待てよ。


 現在、建設中のスエズ運河はフランスが出資をしている。

 これが繋がると、フランスは地中海からインド洋への権益で重要なものを持つことになる。

 ならば、同じことを中米で考えている可能性もありそうだ。

 実際、パナマではなくてメキシコ中部をショートカットするという方法もあるらしいし、これが実現できれば海外植民地はイギリスだけど、関税管理はフランスという世界支配の構図も考えられるわけか。


 うーむ、となると、捨てられないよなぁ。



 ナポレオン3世の構想する世界海路

 https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330661472267921

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