第11話 燐介、ビスマルクと会談する②
ビスマルクとの話は続く。
「ヘル・ミヤチ、今のドイツをどう見ているかね?」
「ドイツ? うーん……」
はっきり言うと、どう見るもこう見るもなく、特に何も思っていないだが、まさか「いや、全然知らないから」と言うわけにいかないだろう。
プロイセンというと、一応マルクスとエンゲルスの故郷であるはずだが、二人とも指名手配されているという話だからな。この二人の話題も持ち出せない。
「俺はイギリスとアメリカがメインだから、正直言うと、詳しくはないんだ。ヴィクトリア女王の長女ヴィクトリア・アデレードが行っていたということくらいしか」
「ふふん、あの女か……」
ビスマルクが不敵な笑みを浮かべた。
ヴィクトリア・アデレードはヴィクトリア女王の長女で、色々あって不肖の息子扱いされているバーティーとは逆に両親の受けが良かったらしい。一時期まで、「こっちを女王に出来ないか」と模索していたという話もあるくらいだ。
ただ、男子がいる以上、継承権はそちらであるべき、ということで諦めた。その後プロイセン王子のフリードリヒに嫁いだらしい。
王子の妃に対して「あの女」というのは中々不穏な呼び方だ。ただ、敢えて指摘はせず黙っておく。
「あの女は、確かに賢い。イギリス流を色々持ち込んできてくれているようだ。だが、今のドイツを、少なくともプロイセンを導くには不適当だ。そういうのはバイエルンやバーデンがやっておればいいことだ」
何だか思い入れがあることのようだ。話ぶりが熱を帯びて来る。
「ドイツもプロイセンも、自由主義というものに流されていたがゆえに、多くのミスを犯し、チャンスを逃してきた。その結果として、ドイツは大いに遅れてしまっている。今、ドイツが良くなるには武力しかない。鉄と流された血をもってのみ、ドイツは栄える。我々はそういうつもりでいる」
おぉ、鉄と血。ビスマルクが鉄血宰相と呼ばれる所以を直接耳にするとは。
でも、この考え方は日本にもあてはまるかもしれないな。
自由について
周辺国も似たような状況の中、少しでも急ぎたい、優先したいということもあって、武力優先になってしまったのは仕方ないところかもしれない。
だから、大日本帝国憲法はドイツ憲法を模範にしたというのは当時の国情からすればやむをえないところだったのだろう。
「つまり、オーストリアとの戦争を遂行したいということだね?」
「話が早いな。そういうつもりでいる。だから、繰り返しになるがイギリスには大陸のことに口出ししてほしくないのだよ」
そう言って、ニヤッと笑う。
本来ならば、そのためにヴィクトリア女王の娘ヴィクトリア・アデレードが嫁いでいるのではないか、という話になるが、ビスマルクとこの王太子妃は自由主義を巡って仲が良くないようだ。
となると、ビスマルクがプロイセンで主導権を握ると、ヴィクトリア・アデレードは助けてくれない。だから、ビスマルクはそれ以外のルートで援護を確立する必要がある。
だから、彼は今、フランスに来ている。
ついでに、英国にも釘を刺しておこうとしている。
外交というのはしつこいくらい自分の立場をアピールして、相手になるべく理解させるというものだが、俺みたいなゲスト外交官みたいな存在まで恫喝したり、説明するきめ細かさがビスマルクの凄いところなんだろうな。
「俺はイギリス政府のことを全部知っているわけじゃないけど、さっきも言った通り、ドイツとオーストリアのことに関しては大きな関心はないと思うよ。ヘル・ビスマルクとヴィクトリア・アデレードの関係が良くないことは分かったけど、それだけで動くことはないんじゃないかな。それはそれとして」
「うん?」
「今までヘル・ビスマルクの意見を聞いてきたから、今度は俺のやりたいことについて聞いてもらおうか?」
「……良かろう」
と言って、ビスマルクはフッと笑った。何がおかしいのか、尋ねると。
「たいしたことではない。以前会ったヘル・ヤマグチは何をしたいのか、完全に煙に巻いていたところがあった。それと比較すると、ヘル・ミヤチは正直者という感がある。同じ日本人でも、かなり気質が違うようで、それが面白いと思っただけだ」
「あぁ、なるほど」
山口が煙に巻いているのは、おそらく俺よりも歴史知識が詳しいから、すんなりと知っていることを口にできないところがあるんじゃないかな。その辺の「知っているけれど、言わないよ」的なところが不気味に思えるのかもしれない。
一方、俺はそうじゃない。もちろん、「あんたはドイツ宰相になるよね?」みたいなことは知っているけれど、深いことまで知らないからな。その場の感覚で答えるしかないから正直者のように映るのだろう。
ビスマルクが水を飲んだ。
「話の腰を折って悪かった。ヘル・ミヤチの話を聞こう」
「……知っているかもしれないけれど、俺はオリンピックをこのヨーロッパで復活させたいと思っている。そのためには各国からできるだけ優れたスポーツ選手に来てほしい。だから、近い未来か遠い未来かは分からないけど、プロイセンかドイツにも協力してほしいと思っている」
「それは全く問題のない話だ。その時の担当者が誰になるかは分からんから、プロイセンが賛成すると約束はできないが、私が近いところにいるなら間違いなく協力するだろう」
「……本当か?」
聞いた途端にあっさり承諾というのはびっくりだ。
「優れた運動能力をもつ選手というものは、すなわち優れた兵士であることも意味している。ドイツ人民が優れた運動能力を有することは、私の考えるドイツの未来と全く一致している」
あ~。
この辺りもプロイセンは日本と近いのかもなぁ。
野球が代表的だけど、軍隊的用語に置き換えて疑似軍事訓練みたいな形でやっていたわけだし。運動能力の発展=軍事力の潜在的発展ともつながるという発想だ。
理解はできるけど、殺伐としすぎていて、個人的には嫌だなぁ。
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