第10話 燐介、ビスマルクと会談する①
オットー・フォン・ビスマルク?
というと、俺が知っているあのドイツ首相のビスマルク?
そういえば、山口の手紙にも「ロシアでビスマルクとも会った」と書いてあったな。
そうか、山口の奴、ビスマルクに「こいつは侮れない」と思わせたわけか。
しかし、ロシアの大使館から今度はフランスの大使館というのは、結構外交官的な仕事をしていたんだな。
しかし、会うなりいきなり「私を怒らせると災いをなす」は、御挨拶だなぁ。
俺が敵になると決めつけているような物言いじゃないか。
「山口は、何かビスマルクさんに失礼なことを言っていたの?」
「いや、特には」
「その割には、俺に対して喧嘩腰じゃない?」
「そう見えたかな?」
「『怒らせると災いをなす』とか言っていたじゃない」
「……それが何か?」
ずっと不思議そうな顔をしている。
このくらいの言葉は普通に使っているということなのだろうか?
まあ、いいか。
ただ、何を聞けばいいのだろうか。
俺の中でのビスマルクはドイツ首相なのだが、今はそういう立場ではないようだ。いつそういう立場になるのか、はっきり分からないから、聞くことがないんだよなぁ。
ただ、俺が今、パリに来ている理由……マクシミリアンの件では多少関係はある。
プロイセンはこれからドイツを統一して、ドイツ帝国という国を作る。そのためにまずはオーストリアと戦争をしたはずだ。
要は、ドイツという国を作るにあたって、オーストリアも含めるのか、それともドイツ地方だけの国で作るのか、という対立だったはずだ。
プロイセンは当然、「オーストリアはいらない」という立場だ。何といっても伝統も歴史もある国だ。入ってこられると自分達が主導権を取れなくなってしまう。
一方、オーストリアは歴史的にドイツを支配していたから、当然、自分達も入るものと思っている。
となると、両者はいずれ対立するというわけだ。
その時に、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフの弟であるマクシミリアンがギリシャ国王になっていると、オーストリアに少しアドバンテージとなるかもしれない。もちろんギリシャもトルコやら東欧に囲まれて身動きは取れないはずだが、味方が一つでも多いということは予期せぬ影響を及ぼすかもしれないからな。
あぁ、もし、俺がギリシャ首相候補としてあげられていると知っているのなら、ビスマルクが俺を恫喝する理由もないとは言えない。彼がそこまで知っているのかは、疑問だけど。
俺が考えている間、彼も考えているようで沈黙が続く。
そっちから会いに来ておいて、何も言わずに沈黙はないだろう、と文句を言おうとしたところで話を切り出してきた。
「ロンドンでの万国博覧会にも、いずれは行こうと思っていたのだ。日本も特別参加しているのだと聞いたが?」
「面白い見世物をやっているから、見た方がいいと思うよ」
「ほう、それは楽しみだな」
ビスマルクは不敵に笑う。
「できれば、イギリスには今のままでいてもらいたいと思っているのだが、果たしてどうなるかな」
「今のまま?」
「大陸には、あまり口出ししてほしくないのだよ」
なるほど。
どうやら、俺を尋ねてきた理由はそれのようだ。
イギリスから外交使節がやってきて、フランス皇帝と会談する。
それがドイツに関することなら厄介だ。ビスマルクはそう警戒しているようだ。
「大丈夫じゃないかな?」
俺も日がな一日イギリス政府のことを見ていたわけではないが、ドイツについてどうこうしようという本格的な話は聞いたことがない。ジョン・ラッセルからも、バーティーからも。
イギリスにとって最大の関心事は海外植民地の動向と、ロシアの南下阻止だ。
今、フランスに来ている俺達の議題も、その二点に関するメキシコのこととギリシャのことだ。
ドイツはどうでもいいとまでは言わないが優先順位が低いのだろう。
だから、ビスマルクの心配には及ばないはずだ。
ただ、最近多少改善されたとはいえ、バーティーとヴィクトリア女王との関係はあまり良くない。そのヴィクトリア女王がドイツ贔屓なので、裏返しでバーティーはドイツを嫌っているところがある。
史実では、バーティーがエドワード7世として即位した後、日英同盟などを締結する傍ら、ロシアやフランスも取り込んで、ドイツを孤立させていたはずだ。このドイツの孤立は結果的に第一次大戦へと繋がり、その余波が第二次世界大戦にもつながる。
そういう点ではビスマルクの危惧は全く外れているとも言えないのだろう。
ただ、現時点では問題にはならない。
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