第14話 燐介、ウィーンでシャルロッテの歓迎を受ける①

 オーストリア・ウィーン。


 音楽の都として知られているだけあって、街を歩いていると幾つかの屋敷からピアノやチェロのような楽器の音が聞こえてくる。

 もっとも、実はこの時代のウィーンは医学の中心地としても知られていたらしい。

 ウィーン大学の医学部は臨床研究が非常に盛んで、アメリカからも多くの留学生が来ているという。

 何でこんなことが分かるかというと、ちょうど大学のそばを通ったら英語が聞こえたからだ。ウィーンで話される言葉は当然ドイツ語なので新鮮に感じて、学生達に話を聞いて教えてもらったわけだ。

 俺も何か外科手術が必要になったら、ウィーンに来ればいいらしい。

 とはいえ、この時代のことだから、成功率も予後処置もまだまだ不十分、中世よりはマシになったというだけで、世話にならないに越したことはない。


 ウィーンは医学の先進地ではあるのだが、それはあくまで臨床医の世界だ。

 エリーザベトのような精神的なものについてはどうしようもない。国で一、二番目の女性を治せそうにないというのは何とも皮肉な話ではある。

 当然、そのエリーザベトはウィーンにはいない。またハンガリーに行っているという噂だ。


 話が逸れた。

 ウィーンの宮殿というとまずはシェーンブルン宮殿であるが、そこは皇帝フランツ・ヨーゼフの居所である。弟であるとはいえ、別の立場にあるマクシミリアンの居場所はない。

 マクシミリアンは俺がイタリアに行っていた時にはヴェネトで王をしていたが、現在そこは新しいイタリアの領土となってしまっている。領土がなくなり、無役になってしまったわけだ。

 以降、マクシミリアンはオーストリアにある別荘を転々としていて、最近は地中海を旅行することもあるらしい。

 妻と弟という二人の放蕩家族を抱えるフランツ・ヨーゼフは真に気の毒という他ない。


 最近は、フランス使節との交渉もあるのでウィーンの近くで別荘を借りている。

 本来はあまり兄とは顔合わせしたくない。

 ただ、フランスとの交渉がうまくいってメキシコやその他地域に行くとなると、皇帝の承認が必要になる。だから、ウィーンの近くにいるというわけだ。フランスの使節にとっても、マクシミリアンを探しに行かずに済むのは楽だろうし、な。


「どうする?」

 マクシミリアンに会いに行くのか、バーティーに尋ねてみた。

 というのも、ウィーンまで来ることは滅多にないので、先にフランツ・ヨーゼフに「メキシコは絶対にダメだ」と言い含めた方がいいように思えてきたからだ。

 ただ、会ってくれるかどうかは分からない。風の噂によると、フランツ・ヨーゼフのスケジュールは正確極まりないそうで、一度決めたスケジュールを動かすことはないという。

「あと、あの人は貴族関係にはものすごくうるさいからなぁ。やめておいた方が良さそう。シシィ姉さんを通じて話を通した方がいいと思う」

 ……そうしておくか。



 フランツ・ヨーゼフに会うことはやめて、直接マクシミリアンと会うことにしたので、ウィーン市街地から少し馬車で離れた別荘に向かう。


 最近はずっとここに滞在しているという。マクシミリアンとシャルロッテはとにかく王位が欲しいので、その話をずっと待ち続けているというのだ。

 なので、バーティーと共に行くと、すぐに別荘の門をくぐることはできた。

 しかし、玄関先の執事は「まずはエドワード様と話をしたいそうです」と言う。

「うーん、メキシコの報告はリンスケからさせたいけど……」

 バーティーは少し困ったような顔をしたが、ここの主人はマクシミリアンである。主人の意向は絶対であり、刃向かってもいいことはない。結局、「ちょっと待っていてくれ」と言い残し、バーティーは一人で上がっていった。


 一人待つことになった俺は玄関近くにある小さなテーブルで待つことにした。

 せめて紅茶かコーヒーでもあれば有難いのだが、と思っていると、奥から豪華なドレスを着た貴婦人が侍女を一人連れて現れた。

 ああ、彼女が多分マクシミリアンの妻シャルロッテなのだろう。マクシミリアンがバーティーがと話をする間、彼女が俺と話をするのかな。俺は呑気にそんなことを考えて、ひとまず立ち上がって頭を下げた。

 バコーン! と音がして、頭のあたりに星が回った。

「痛てえ!」

 叩かれたショックで危うく地面に倒れそうになるのを食い止めると、女がわなわなと怒りの視線を向けてくる。

「な、何をするんですか!?」

 叫ぶ間もなく、侍女が棒のようなものを振りかぶった。同時に女が叫ぶ。

「おまえは! 何の恨みがあって、妾を皇后から遠ざけようとするのじゃ!?」

 えーっ? 思い切り、逆恨みされている。

 とにかく侍女の攻撃は間一髪かわしたが、

「何故避けるのじゃ! 無礼であろうが!」

 理不尽極まりないことを言ってくる。

「このベルギー王女シャルロッテの願いを無残にも打ち砕こうとし、あまつさえ、折檻すら受けぬとは何様のつもりじゃ! そこで土下座せぬか!」

 酷すぎる。


 俺は少し前、エリーザベトがシャルロッテに文句を言っていた時に、どちらかというと「大人げないなぁ」と思っていた。

 ごめん、エリーザベト。

 エリーザベトの言う通りだった。

 とんでもない女だ、こいつ……。

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