第6話 19世紀のママ友カースト

 それから三日が経過した。


 万博の件は、結局、佐那の意見が通って、『皿屋敷』を全員で催すことになってしまった。

 俺とイネさんは反対したのだが、諭吉が「イギリス人にどう受け取られるかは分からないが、日本の子供は好きなのだし、やってみる価値はあるだろう」と言ったからだ。

 前向きにやるというのなら、反対する理由はない。


 後はみんなに任せることにして、俺は今日もバッキンガム宮殿に行く。

 オーストリア大使を呼び出して、マクシミリアンの件を伝えようとしたところ、何と向こうから皇后エリーザベトがやってきたのだという。

 あの皇后も「本当に、皇后か?」ってくらいに腰が軽いよなぁ。


 ともあれ、俺の将来にも関わってくる話だから無視するわけにはいかない。早速、応接室へと向かった。

 そこでバーティーとエリーザベトが仲良く会話をしている。

「あら~、リンスケぇ……じゃなくて、次期ギリシャ首相じゃない」

 俺を見るなり、エリーザベトがニヤニヤ笑いかけてきた。

「まだ決まってないから!」

「どうしたの? 嫌なの?」

「嫌というか、いきなり過ぎて現実味がないというか。俺はギリシャのことを良く知らないし」

「大丈夫よ、マックスもギリシャのことを全く知らないから。私もウィーンのこと知らずに皇后になったから。知っていたら、ならなかったし」

「それはそれでどうかと思うんだけど」

 エリーザベトのぶっちゃけ過ぎた話に気勢が削がれる。

 で、こちらがひるむと、話を畳みこんでくるのがエリーザベトだ。

「ギリシャ人やトルコ人はリンスケの言うことなら聞くと思うのよ。それにリンスケは何かやってくれそう、って感じがあるし」

「適当過ぎない?」

「アハハハハ。そうかもね」

 やはりぶっちゃけすぎている。

 でも、エリーザベトがここまで笑うというのはイタリアでもギリシャでも見なかった気がする。それだけウィーンの近くは息苦しいということなのかね。

「ただ、乗り越えないといけない問題がまだ一個あるのよね」

「問題? 皇帝が許可を出さないみたいな?」

「それはないと思うわ。陛下も、マックスがメキシコみたいな地の果てに行くよりはギリシャに行ってほしいと思うだろうし」

「地の果ては言い過ぎだろ」

 そこを三か月歩いた俺の立場も考えてくれよ。

「ただ、シャルロッテが満足しないかもしれないのよね」

「シャルロッテ?」

 というと、マックスの妻か。

 確かベルギーの王女だったような。

「彼女は私に対抗心を持っているから、『何でエリーザベトが皇后で、自分が王妃なんだ。私は皇后になりたい』と文句を言うかもしれないのよね」

 いきなり現代ママ友みたいなせちがらい話が出て来た。

 現代なら夫の職業だが、この時代は夫の爵位でカーストが決まるようだ。


 どっちでもいいじゃねえか。王妃だって立派なものだろ?

 皇后になりたくて危険なところに行って、それで夫が死んだらどうするつもりなんだよ。

「あ~」

 俺の心からの発言に、バーティーも何か思い出したらしい。

「そういえば、母上も『私も女帝の地位が欲しいのう』とか言っていたな」

「欲張り過ぎだ!」

 ヴィクトリアは世界最強国の女王だろ。それで満足しろよ。

 いい歳をして、「女帝になりたい」とか言うんじゃねえよ。

 イギリスだったら、それで戦争とか本当にやりかねないから、シャレにならない。

「……それじゃギリシャ王じゃなくてギリシャ皇帝にすればいいんじゃないの? というか、皇帝と王の違いって何なんだ?」

 皇帝の方が王より上というイメージはあるが、厳密な決まりがあるのか?

「複数の民族や地域を統治していると皇帝で、一つの民族や地域だと王だな。ギリシャはギリシャ人しかいないから、帝国は名乗れない」

 ほ~、そういうものなのか。

 でも、イギリスにはイングランド、スコットランド、ウェールズと複数の地域があるから、皇帝も行けるんじゃないのか? これらはアングロ・サクソンでまとめられるのかもしれないけど、アイルランドはケルト人だから民族も違うだろうし。

「昔から王って言っているからな。支配地が変わったわけでもないのに、いきなりイギリス皇帝にはなれないんじゃないの?」

 なるほど、どこかの会社の社長が「明日から俺はCEOだ」と名乗りだすようなものか。「あいつ、いきなりどうしたんだ?」と言われるのがオチだな。


 それからの一時間は、エリーザベトからいかにシャルロッテが我儘で我が道を行くかという愚痴を聞かされた。

 我が道を行き、他人の言うことを聞かないことにかけてはエリーザベトも相当なもので俺としては「おまいう?」と言い返したくて仕方ないのだが、話が長くなるだけなのでやめておいた。

 結局、当面はエリーザベトがまず夫フランツ・ヨーゼフを説得し、二人でマクシミリアンをギリシャ王にしてしまうことになるようだ。

 それ自体は良い。

 メキシコ皇帝になると、待っているのは悲惨な末路だから、ギリシャ王の方がいいだろう。


 ただ、俺の首相がセットになるのだけは、何とかしてほしい。

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