第5話 燐介、万博責任者に任命される

 マルクスとの話が終わると、再度馬車に乗ることになる。


 今度はダウニング街に行くらしい。

 政府要人たちは今日の内に俺を一気にギリシャ首相にしてしまおうということなのだろうか?

 そう身構えてしまう。


 ダウニング街の首相官邸に入ると、外務大臣ジョン・ラッセルと首相のパーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルの二人が待っていた。

 二人の重鎮と言っていい人物がジロッと俺を睨んでくる。

 この時点では「この二人、俺が『ギリシャの首相になる』と言うまで帰さないつもりか」と警戒したが、全く違う話であった。

「フランスとオーストリアが戦争をしたことで遅れていた万国博覧会だがね、5月から開催する運びとなった」

「……そうなんですか」

 そういえば、去年、万博をやるだの、どうだのという話はあったような気がする。

 去年は山口達がこっちに来たし、その後はアメリカ行ったり、メキシコ行ったりでバタバタしていてすっかり忘れてしまっていたが。

 そうだよ、そもそも、それがあるから日本の文物を見たいだのいう話があって、佐那やら琴さんやら来てもらったんだった。

 自分で言うのも何だが、呼んでおきながら、その原因をすっかり忘れるというのは俺も中々酷い奴だ。佐那と琴さんは護身術があるから出回っているが、残りの三人、イネさんと竹子と八重子は近くの学校でずっと勉強し続けていて、かなり可哀相な扱いを受けているというのに。


「今回は特別展参加として、日本にも展示を出してもらおうと思う。で、その責任者として君を任命することにしたよ、リンスケ・ミヤーチ」

「えっ!? 万博の責任者?」

「何だ? ギリシャはともかく、日本は君の国だろう? 君の国のことを君に任せて何がいけないのか?」

「あっ、いえ、そういうわけでは……。俺、いや、私は万博なんて忘れていましたので、そういう準備はしていないのですが」

「君が何も準備をしていないことは分かっておる。4月に日本に赴任していた大使のオールコックが戻ってくる。彼が色々な物品を持っているはずだから、それで体裁は取り繕う予定だ。あとは、君達の方でちょっとした企画でも考えてくれたまえ」

 日本の物品か。

 何を持ってくるんだろう。

 甲冑とか刀は受けそうだけど、さすがに無理だろうな。

 となると、水墨画とか、書画とか持ってくるのだろうか?

「特別参加だから、そこまで手の込んだものはいらないが、殿下をはじめ、君の企画力を評価するものは多い。私も楽しみにしているよ」

 ということで、こちらについては嫌も応もなく、その場で選ばれてしまった。

「ギリシャの件はオーストリアとの交渉もあるので、そんなにすぐに進むものではない。万博期間の間に皇后と皇弟をロンドンに呼ぶので、そこで直接話をしてくれたまえ」

 と、なった。


 万国博覧会か。

 日本の展示というが、何を展示したらいいんだろうか?

 海外での日本のイメージというと、『フジヤマ、ハラキリ、スシ、ゲイシャ』だ。


 とりあえず、富士山の絵は大きく描くか。諭吉が適当に描いてくれるだろう。

 切腹はさすがに日本に伝わるとシャレにならないから、これはやめておこう。

 寿司は作れる者がいないし、ネタもシャリも醤油もガリもないからまずもって実現不可能だ。

 あとは芸者か。これも芸者向けの派手な着物がないからなぁ。オールコックが持ってきてくれればいいのだが。

 あるいはここでも作れるかな。着物は高そうだけど、「万博経費です」って言えば政府が出してくれそうだし。

 佐那は黙っている限りには見栄えはいいから、花魁衣装でも着てもらって……

 ……無理だな。ボコボコに殴られて半殺しにされるのがオチだ。


 考えながら建物を出ると、馬車の中に待つ琴さんの姿が見えた。

 うーむ、いっそのこと、琴さんを主役にして洋服で何か歌劇やる?

 世界のTAKARAZUKAを、ここでやってしまおうか?


 これも現実的ではないな。

 仕方ない、諭吉に居合をやらせて、あとはお子様剣道教室みたいなものを佐那さんと琴さんにやってもらおう。

 学業三人組に何か作ってもらえれば、一応体裁は整うだろう。


 合流した俺は、一行に万博のことを説明した。

「……日本のことを知ってもらうものを出すわけか。これは中々難しい……」

 諭吉が腕組みをする。

「とりあえず富士山の絵を描こうと思うんだが……」

「……確かに富士山は特別な場所だが、それだけでは寂しいな」

「他に何かないかな? なければお子様向け剣術教室とか柔術教室でもやろうかと思うのだが」

「……」

 佐那がボソボソと小声で何かを言った。

「何か言った?」

「あっ、いえ……。何でもありません」

 しまったとばかりにうつむいた。

 何だ、何かやりたいけど、言いにくいことでもあるのだろうか?

「どうしたんだい、佐那? 何かやりたいことがあるのなら、私に言ってくれたまえ」

 俺より先に琴さんがフォローを入れる。

「し、芝居でもどうかなと思いまして」

「芝居?」

「歌舞伎は難しいですが、例えば、『皿屋敷』とか……」

「皿屋敷?」

 皿屋敷というと、あの「いちまーい、にまーい……」と数えていって、「一枚たりない」って脅かすやつか?

 イギリス人に日本は何かを示すものとして、皿屋敷を持ってくるのか?

 ちょっと違うんじゃないか?

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