第4話 燐介、ギリシャ首相候補となる③
マルクスは、俺が首相候補となった経緯も知っているようだ。
彼の話が続く。
「端的に言うと、おまえを首相候補として推薦したのは三人いる。まずはプリンス・オブ・ウェールズ」
バーティーか。あいつは友達だから、何となくノリで推薦したんだろうな。
「次に外務大臣ラッセル伯爵だ」
「外務大臣ジョン・ラッセルが?」
これは全くの予想外だった。
確かに彼の助けもあって、イオニア諸島に行ったこともあったが、それだけで推薦理由になるのだろうか?
「最後にオーストリア皇后エリーザベトだ。まずは彼女の推薦理由だが、ギリシャというアジア地域を治めるにあたって、アジア人を入れた方がいいというものだ。世界中のアジア人の内、ギリシャにもっとも詳しいのはリンスケで、マクシミリアンを助けられるのは彼しかいないと」
なるほど。ギリシャがアジア系というのは、現代人の認識ではびっくりするようなことだが、その認識的に立つならば、俺というアジア人がいた方がいいわけか。
トルコが日露戦争の後、喜んだという話があるが、そういう民族的な部分も影響力は大きいんだろうなぁ。
あとは、エリーザベトのハンガリー好きでアジア系好きな好みもマッチしているのだろう。
「続いてラッセル伯爵の推薦理由は、リンスケは英国女王、大公、フランス皇后、オーストリア皇后、アメリカ大統領など、ヨーロッパ王室と幅広い関係を有しているというものだ。半年ほど留学させて、ロシアやプロイセンとも知遇を得ればヨーロッパの窓口として理想的な人材だろうと見ている」
「う~む」
まあ、改めて言われると俺の交友関係もたいしたものだ……
イギリスに関しては首相その他大臣も何人か知っているわけだしな。
「仮にイギリス人が国王となるのなら、爵位のある人物にするだろうが、ハプスブルクの王ならば、別に誰でも構わない。トータル的に見て、年齢が若いのは気になるがリンスケでいいだろう、というものだ」
「……なるほどねぇ」
イギリスにとって、都合のいい存在になりつつあるのは確かなんだろう。
「三人目のプリンス・オブ・ウェールズ・エドワードの推薦理由だが、おまえがオリンピックというギリシャの歴史に燦然と残るものを目指していることをあげていた。おまえがギリシャ首相になると開催が現実味を帯びるし、何よりギリシャ人の心の再生におまえほどふさわしい者はいないだろうということだ」
「ギリシャ人の心の再生……」
確かに、歴史があるとはいっても、今のギリシャは完全に新興国だ。
そんな彼らだから、世界級のイベントを開催できるとなれば大きな自信になるのかもしれない。
オリンピックという点では、確かにギリシャ首相になるメリットは大きい。
実際の開催は1896年だが、今からギリシャで準備にとりかかれたら、もっと早く開催できるはずだ。
ただ、俺の場合、それくらいしかギリシャのイメージがない。
オリンピック担当大臣とかなら受け入れやすいが、首相だからなぁ。
「そして、吾輩という第四の味方がいる」
「マルクスさんが?」
何だろう、これは嫌な予感しかしない。
いや、色々物知りなのは確かだが……。
「貴様がギリシャ首相となることによって、共産主義革命の牙城をギリシャに築くことができるのだ! ギリシャは永久不滅の国となるに違いない!」
「辞退するよ……」
そんなことをしたら、歴史上に俺の名前が汚点として残りかねない。
「何故そんな拒否反応を示すのだ! 吾輩が泣いてもいいのか!?」
「勝手に泣いてくれよ! だけど、おっさんが泣いているのなんて気味が悪いから、俺のいないところでやってくれよ!」
全く……
とはいえ、外務大臣のラッセルがバタバタ動いていたところを見ると、このまま本格化していくんだろうな。
マクシミリアンも全く知らない間柄ではないから、彼が「そうか、リンスケも来るのか」と期待する前に断らないといけない。断るのなら。
……。
いや、マジでどうしたらいいんだ?
諭吉や佐那と相談するか。
俺は一旦切り上げて、カフェの外に出た。気になって近くにいたらしい。琴さんも含めた三人もすぐに近づいてくる。
俺はマルクスの言っていた理由というものを簡単に説明した。
「どうしたものかねぇ」
「何を言う! 引き受けるしかないだろう!」
「えぇ!?」
諭吉がまさかの即答だった。
「日本人がヨーロッパにおいて首相となる! これほど日本を勇気づけることがあるだろうか!? 日本の開国のために、おまえがギリシャ首相になるというのは非常に重要だ! 考えてもみよ、幕府や将軍と対等に話せるのだぞ?」
「ま、まあ、それはそうだが……」
「何を迷っているのです、燐介? 男なら、立ち向かわなければならない時があるでしょう!? ここで引き下がるようならば、どうやって大志を成し遂げると言うのです!?」
佐那は佐那で、こういう人だった。
相談したことで、かえって俺の退路は断たれてしまった。
もう、なるしかないのだろうか。
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