第12話 一太、後の名外交官と接点をもつ
翌朝、江戸城に登城するとすぐに将軍から呼び出しがかかった。
足早に控室まで行くと、将軍が「大方のことが決まったぞ」と切り出してきた。
「大方のことと申しますと?」
「大会のことじゃ。こういう割り振りになった」
と書かれた紙には、地域ごとの人数などが書かれてあった。
今回、選抜される者は総数百名。
それらは地域ごとに選ばれることとなり、江戸城下からは二十人、東北は九人、近畿は十二人という風に割り振られている。
「割り振りも面倒だから、同じ道場などはまとめることにしたらしい」
「となると、練兵館からは一人、試衛館からも一人という具合ですか」
こういうことはどんな方式にしても不満が出るものである。
道場ごとにまとめるということは、剣術の盛んな道場にとっては損である。試衛館がいい例で、永倉と斎藤が双方出たとして、片方しか残れないことになるからだ。ただ、道場ごとにまとめれば、ややこしい対立は避けられるし、角は立ちにくいだろう。負けた者が切腹騒ぎを起こすようなことは少なくなるはずだ。
「ここに余と奥が八人を追加すると言って脅しをかけてある。まあ、実際には余の知る武芸者はほとんどおらぬし、奥はもっと少ないだろうから、お主や勝安房からの推薦があれば使うということになるが、な」
「ははは」
「いかがであろう? 何か足りないところはあるか?」
「いいえ、こちらでよろしいのではないかと……」
繰り返しになるが、基本的には老中に任せることになっていて、私の手を離れた案件である。発案者面をして、軋轢を呼ぶことは避けたい。
あとはうまくいくことを祈るのみだ。
一日の役目が終わると、沖田総司を連れて東禅寺へと向かった。
ここに英国大使オールコックがおり、それを訪ねるためである。
「これはミスター・ヤマグチ。どうかしましたかな?」
英国大使での私の評価はというと、「プリンス・オブ・ウェールズの友人であるリンスケ・ミヤーチの兄貴分」という評価が定着している。そのため、私が行くと試衛館組が護衛に行く時よりも待遇がいい、と沖田は言っている。
「この前、何人かの攘夷論者と話をしてきまして、英国の法典を一度見てみたいと言う者が何人か出てくるに至りました。そうしたものをご用意いただけないでしょうか。あ、もちろん、英語のままで大丈夫です。翻訳はこちらでやりますので」
「英国の法典?」
「例えばマグナ・カルタとか権利章典といったものです」
イギリスはアメリカやフランスと異なり、「これがイギリス憲法です」というようなものがない。過去に決められた法典などを積み重ねたものを総合化したものが英国憲法という形となっている。
そういう点ではややこしい。しかし、いきなりの完成系ではなく、個々の事件ごとに少しずつ前進してきたことが分かるので、「こうやって英国憲法は形を作っていったのです」と説明しやすくもある。
恐らく、清河八郎に説明するのなら、この方がいいのではないか。
ただ、彼が国王権力を制限するイギリス憲法を是とすることはないとは思うが。
オールコックが「素晴らしい」と手を叩いた。
「日本における憲法制定は我々にとっても望ましいところです。我が国の法に関心を持つ者がいるというのは素晴らしい。ただ、残念なことにここにはありません」
オールコックは「香港か上海にはあるかな」と首を傾げて、近くの者に聞いてみた。
「香港にいるサトウは赴任に際して色々持ってきていたと思いますが」
「おぉ、サトウがいたな」
オールコックが私を見た。
「ミスター・ヤマグチ、それらは一か月以内に用意するようにいたします。と同時に、この国に興味をもつ優秀な若者を紹介したいと思います。アーネスト・サトウという若者で、まだ19歳ですが、非常に優秀です」
「分かりました」
そうか、アーネスト・サトウもこの頃に日本に来ているのだった。
後の明治期に駐日大使にもなるアーネスト・サトウであるが、幕末時代は通訳として四国戦争などに立ち会っている。サトウという名前であるが、日本の「佐藤」とは全く関係なく、Satowと表記するらしい。
「ただ、サトウは若いうえにハンサムですので、日本の女性にとてもモテることでしょう。僻まれて更に攘夷活動が盛んにならないかだけが心配です」
オールコックは真顔で言うが、これは英国式ジョークと考えていいのだろう、な……?
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