17章・燐介、歴史を動かしアテネに立つ

第1話 燐介、英国女王の召集を受け宮殿に向かう

 1862年。

 俺たちはメキシコでの情報収集を終えて、ベラクルスから船でヨーロッパを目指していた。


 南北戦争は合衆国が有利に進めている。

 史実でも勝ったわけだし、この世界では史実以上にヨーロッパが合衆国寄りだから、問題ないだろう。

 俺がいてもできることは何もない。


 ということで、俺はもう一つの役目であるメキシコの情報をマクシミリアンに伝えることに専念する。

 ところが、これが予想外に大きなことになっていたようだ。


 メキシコから大西洋を渡って、ポルトガルについたのは1月22日だった。

 リスボンは冬の時期でも暖かい。ここで一週間ほどのんびりしてからスペイン経由でイタリアンに行こうと思ったら、港でポルトガルの官憲に呼び止められた。

「おまえ、リンスケ・ミヤーチな?」

「そうだけど?」

 ポルトガル語訛りの英語で呼び止められ、何だろうと思いながら答える。ほぼ初めて来たポルトガルで俺のことが知れ渡っているというのは、正直不安だ。

「おまえは指名手配されているな。悪いことを言わないから、英国大使館に行くべきだな」

「指名手配!?」

 全く身に覚えのない話でびっくりした。


 のだが......

「燐介、おまえ、何をしたのだ?」

「怒らないから、何をしたのか正直に話してください」

「燐介、私は君のことを悪人ではないと思っていたのだけど」

 諭吉、佐那、琴さんから一斉に問い詰められる。

 一人くらい信じてくれよ!


 一人虚しく抗弁するも信じられず、やむなく俺はイギリス大使館に向かった。

 ポルトガルとイギリスは14世紀からずっと同盟関係にあるらしい。

 俗に永久同盟とまで言われるくらいの関係で、そのせいかリスボンのイギリス大使館は随分と立派な建物だ。

「リンスケ・ミヤジだけど?」

 ムスッとした顔で出頭すると、入り口にいた衛兵達が人相書きのようなものと照らし合わせてにわかに騒ぎ出した。

 人相書きまで作っているところを見ると、本当に指名手配されているのだろうか?

「燐介、本当に何をしたのだ?」

 先程までのからかい半分の表情は消え、諭吉が心配そうな顔をしている。

 やめてくれよ、俺まで怖くなってくるじゃないか......


 俺はポルトガル大使のアーサー・マジェニスの前まで連れ出された。

「やあ、リンスケ・ミヤーチ」

 マジェニスは実績ある外交官のようで、重々しい外見をしているが、その口ぶりは随分と軽い。犯罪者に対する口調ではなさそうだ。

 悪人として断罪されるわけではなさそうだ。俺はホッとする。

「指名手配されていると聞いたのだけど?」

「そうだね。見つけ次第、すぐにバッキンガム宮殿に連れてくるようにという指示が出ていた」

「バッキンガム宮殿に?」

 ということは、またバーティーが何かやらかしたのだろうか。

 ただ、バーティーが何かやらかしたとしても、俺を緊急に呼び出すレベルの話になるのだろうか?

「詳しくは分からないが、ヨーロッパ外交のことで、至急君に諮問したいことがあるという女王陛下たっての要請だ」

「女王陛下の?」

「そうだ。女王陛下と大公閣下共同の要請だ」

 大公閣下、アルバート大公か。

 彼なら何かあるかもしれないな。

 あ、史実では去年の年末に死んでいるはずなのだが、バーティーが不祥事を起こさなかったこともあってか、まだ生きている。

 ただ、体調は悪いようでずっと寝たきりのようだが。

「至急、ロンドンに向けての船を出す。君に拒否権はないと思ってほしい」

「......分かった」

 犯罪ではなさそうだし、特に大公は明日をもしれない状態だろう。

 俺としても断る理由はなかった。


 リスボンから直ちにロンドンに向かい、船がつくなり宮殿からの馬車が向かってきていた。その馬車に乗せられ、俺たちはすぐにバッキンガム宮殿に向かう。


「リンスケ!」

「あれ?」

 出迎えた面々の中にバーティーがいた。

 出迎えに来るということは、こいつが何かをやらかしたのではないのか?


 バーティー達に連れられて、宮殿の一室に連れられた。

「女王陛下にお呼ばれした、と聞いていたんだけど?」

 一体、どういうことなのか。俺はバーティーに確認する。

「あぁ、今回は母のたっての呼び出しだ」

「一体何なんだ?」

「マクシミリアン大公の件で大きな動きがあった。おまえがメキシコに行ったという報告があったから、その報告を受けてイギリスは動く予定だ」

「......え、どういうこと?」

「お前の報告を受けて、メキシコがいいと思ったのなら、イギリスはマクシミリアンをメキシコ皇帝に推す。だが、そうでないのなら、イギリスは彼をギリシャ王に推す予定だ」

「ギリシャ王?」

 随分突然な展開だ。

「細かいことは後から誰かが話すと思うが、ギリシャが混乱しているらしい。現在の王が退位して、その後釜につく」

「ちょっと待ってくれよ。混乱しているところの王にするのは良くないんじゃないのか?」

 まあ、メキシコ皇帝と違って、命の心配はないのかもしれないが、混乱しているところにマクシミリアンを送って、解決するとは思わないぞ。

「あぁ、そうだな。ただ、ロンドンにはギリシャ向きの凄腕の外交官がいる。そいつをギリシャ首相にして補佐させようっていう意見も検討されている」

「へぇ」

 そんな奴がいるんだ。

 ギリシャ向きの奴って、誰なんだろう?

 俺の知っている人間なのかな?

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