第11話 一太、日ノ本の進むべき道を示す②

「改めて御尋ねするのも失礼かと思いますが、幕府や各国で何かを決めたとします。その場合、どのようにして皆に知らせるでしょうか?」

「それは……」

 一瞬、三人とも戸惑ったように見えた。

 当たり前すぎることを聞くと、往々にして答えに迷うことが多い。

 もちろん知らないということはないのだが、当たり前すぎるという認識がある故に、「何か違っていたらとてつもなく情けない」という思いが立ったり、細部についてきちんと覚えておらず、はっきり説明できなかったりすることが多い。

 それでも、清河が少し考えながら答える。

「重要なことについては触書ふれがきとして、高札こうさつに掲げるのが普通でしょう」

「左様でございます。このようなことをして良い、してならない。そうしたことをきちんと説明するのは当然でございますな」

「それが何か?」

「すなわち、外国人に日本に来てはならないと言いたいのであれば、高札を持って知らしめるべきなのです。もちろん、外国に高札という概念はありませんので、法典というものとなりますが」

「攘夷に関する律令を定めよ、ということですか」

「そうです。何故、攘夷をするのか、そういうことを定めるべきでしょうね。ただ、本当に攘夷を実現したいのであれば、内容に気を付ける必要があります」

「どういうことか?」

「外国の多くも、法典……それぞれの高札を持っております。それらとあまりにかけ離れたものを書いてしまっては、相手も理解ができなくなってしまいます」

「そこまで外国に譲歩する必要はないだろう」

 河上が不満げに言った。

「譲歩ではありません。孫子が言っているではないですか。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と。相手のことを知り、こちらの言い分を磨くことは大志を抱くからには当然では?」

 ますます不満そうになった河上は、再び黙り込んでしまった。


 清河がその様子を見て苦笑した。

「確かに山口先生の言うことは現実を見据えるとその通りなのかもしれません。数ある尊王攘夷論の中から一つ抜けた議論とはなるかもしれませんね」

 一応、理解はしたようで表情は柔らかい。

「ただ、先生ももちろんご存じだろうと思いますが、尊王攘夷運動をしている多くの者は生活などに苦しんでいる者も多くおります。彼らを全員説き伏せるのは難しいのではありませんか?」

「楚・漢戦争で活躍した名将・韓信かんしんは若い頃、ならず者に絡まれた際に迷うことなく股をくぐったという話がございます。生活が苦しかろうと大志を持てる者はおりますし、そうでない者もいるでしょう。大志を持たない者を無視せよと申すつもりはありませんが、彼らの言い分を聞いているようでは、日本が真の攘夷を達する日は遠くなる一方でしょう」

「手厳しいですな」

 清河は苦笑し、手元の書物を取った。何者かの書いた攘夷論のようだ。

「……外国の高札があるのならば、一度見てみたくはありますな」

「もし必要とあれば、少し時間をいただければお見せすることはできると思います」

 例えばイギリスの権利章典、アメリカ合衆国憲法やフランス人権宣言などはそれぞれの大使に頼めば簡単に手に入れることができるだろう。

 もちろん、帝を中心としている日本の政体を考えると、英米仏のものが受け入れられるかは疑問だ。ただ、知っておくことに損はないはずだ。

「ではお願いしましょうか」

 清河はそう言って、指折り数え始める。

「……つまり、攘夷のために必要な三つは、こちらの言い分の整理、相手を知ること、それに伴う相手の言葉を知ることということですな」

「そうすれば、他に必要なものも自然と見えてくるでしょう」

「なるほど」

 と言って、清河は書物と刀を部屋の脇に置いた。それを見た河上と高橋も続く。

「山口先生の意見はよく分かりました。全てをこの場で受け入れられるかというと抵抗もありますが、先生の言う方向でも物を考える必要はありそうです。ただ、主流はそうはならないでしょうねぇ」

 先程も言っていた、生活苦による不満分子のための尊王攘夷論のことを言っているのだろう。

 無理もない話なのかもしれない。清河のように学問を修めた人間なら、海外を知ったうえで攘夷論を再構築することができるかもしれないが、そうしたことができる人間はごく一部である。ここにいる河上や高橋には難しいだろう。

 そうした人間は、結局のところ派手なことをするしかない。

「……まあ、今、ここで清河先生が受け入れたように、そのうち多くの者が理解するようになると思います」

「ふうむ、それは少々見込みが甘いのではないかと思いますが……、ま、良いでしょう」

 清河は刀を外して、部屋の隅の方に置いた。

 そのうえで、我々に対して盃をくいと傾ける仕草をする。

「どうでしょう? 一杯やっていきませんかな?」

 その言葉で高橋と河上も一気に和らぎ、刀を隅に置く。同時に桂も緊張を解く。

 私も緊張感が解けた。と同時に座っていた足が痺れはじめてきた。


 緊張で正座による痺れも感じる余裕がなかったようだ。

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