第10話 一太、日ノ本の進むべき道を示す①

 清河、河上、高橋の視線が私に向けられる。


 適当なことを言えば、すぐに斬りかかってくるかもしれない。そうした威圧感がある。

 とはいえ、私もこういう経験をするのが初めてというわけではない。ある程度慣れてきてしまっているのも確かだ。

 一流アスリートや芸能人が大きな舞台を経験したというようなことがあるが、こうしたものすごい緊張感を感じてみたいということなのかもしれない。


「そもそも、最終的には何をなせば攘夷が達成されたと言うのでしょうか?」

「何をなせば?」

 清河がけげんな顔をした。

「例えば、この日ノ本には多くの夷人すなわち外国人が駐留しています。彼らは黒船をはじめとする蒸気船に乗ってやってきます。そんな彼らを送り出す国があります。さて、お三方は何をなせば攘夷と考えておられるのですかな?」

 河上彦斎をジロッと睨みつける。

 剣では到底かなうはずの相手が、明らかに気圧されたような表情を浮かべた。

「こ、この国から夷人がいなくなれば良いのではないか? 何せ、この国は数百年に渡って鎖国をしてきたのだ」

「ですが、相手の船をどうにかしないことにはいつまで経ってもやってきますし、夷人を斬り続けていると、船から大砲が飛んでくるかもしれませんぞ? 河上先生は剣に通じていると聞いておりますが、大砲の玉も跳ね返せますかな?」

それがしは高田……」

 仮名を名乗ろうとした河上を再度睨みつける。不承不承という様子で黙ってしまった。

「そもそも、何故彼らは日ノ本に来るのでしょうか?」

「それは幕府が頼りないからであろう」

 これは予想通りの回答であった。

 時代も場所も問わずそういう傾向があるが、外交の問題を自国側の不備と捉える傾向は非常に強い。

 みんな自分達のことは分かるが、外国のことは分からないし、それを知るには労力がいりすぎる。だから、自国のせいにした方が楽だからだ。

 しかし、実際には自国が盤石でも、外国側の事情で一方的に迫ってくることはままあることだ。この時代の外国の事情もまさに、向こう側の事情で来ているのである。日本側に責任を求めるのは難しい。

 ただ、そこまで説明するのは面倒なので、相手の意見に乗ることにする。

「では、幕府の何を直せばよろしいのですかな?」

「……」

 助けを求めるように清河の方を見た。

「山口先生も今の幕府に問題があることはお分かりいただいているでしょう?」

「もちろん承知しております。ですので、仮に外国につけ入られる問題点があるのなら、私や高橋先生が早急に改善した方が早いでしょう。違いますか? 高橋先生」

「む、それはまあ、そうだろうな……」

 高橋も困ったという様子で清河に助けを求めた。

 武芸自慢の二人があっさりと音をあげたことがおかしかったのだろう。桂がプッと小さく吹き出す。

「……清河先生、いかがか? 手短に三つほどあげていただければ、私の方から多くの要人に掛け合ってみましょう。三つほど」

「……いえ、幕府にはより多くの問題があります。三つなどではすみませぬ」

「なるほど。幕府の問題が多すぎるわけですな。では、仮に幕府をなくすとしましょう。その後は何から改善すれば、外国はやってこなくなるのでしょうか?」

 私はわざとらしく大きな咳払いをした。

「そもそも、今までも外国が全く来ていなかったというわけではありません。長崎にオランダ船は来ていましたし、朝鮮国王からの使節が江戸城に来たことがございます。何故、オランダと朝鮮は良くて、イギリスやアメリカはダメなのか。その点についても答えがあれば伺いたく存じます」

「……チッ」

 河上が舌打ちをして、刀に手を伸ばしそうになっていた。桂も反応して手を伸ばそうとしたところで、清河が「お二方、やめい」と制する。

「なるほど、山口先生が諸事情に詳しいということに嘘はないようです。では、率直に教えていただけないでしょうか? 三つほど改善するとなれば、何を改善すべきなのかということを」

 言い返せずに不満そうな河上と高橋に対して、清河は少し角が取れたような雰囲気があった。

 彼も塾で教える立場だ。自分の都合不都合はあるにしても、現実的な考えというものを知りたいと思ったのだろう。


「……分かりました。それでは」

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