第7話 一太、清河八郎に誘われる①

 土方に依頼をすると、私はその足で登城した。

「お〜、一太。おはようさん」

 いつものように勝海舟と挨拶をして、将軍の控室へと向かう。

「上様、おはようございます」

「おはよう、一太。うん? おまえ、どうかしたのか?」

「? どうもしてはおりませぬが」

「何やら目の下が青いぞ。寝不足なのではないか?」

「寝不足......」

 寝不足なのは確かであろう。昨晩は色々と気になって寝られなかった。

「何か気になることがあったのか?」

 と、将軍に心配そうに聞かれては、何も答えない訳にはいかない。それに、将軍家茂は私の味方だろう。

「実は......」

 私は昨日の料亭の件を将軍にも説明した。

 家茂は腕組みをして聞いていた。何か考えているようではあるが、さすがに将軍が直々に江戸城下に降りるのは無理がある。考えてくれるのはありがたいが解決策はないだろう。


 それでも、家茂は立ったり座ったりして考えて、少し経ってからポンと手を叩いた。

「一太よ、よいことを思いついたぞ」

「良いことですか?」

「昨日も言ったが、今度の剣術大会、八百長の動きやらがあるという」

「はい。お伺いいたしました」

「そこでだ、対戦表を老中達が決めたあと、余と奥(和宮)が無造作に四名ずつを加えるのじゃ」

「何と......」

 対戦表かトーナメントか、そうしたものができたあとに将軍と内親王が直々に八人を追加するという。

 老中に八百長をもちかけられても、さすがに将軍にまでもちこむのは難しいだろう。つまり、老中に頼むだけでは勝利が確実とは言えなくなる。ある程度の八百長対策になりそうだ。

「とはいえ、八百長対策はある程度までじゃ。その河上彦斎と清河八郎。二人を奥の口から推薦させる」

「奥方様から、その二人を?」

 これは驚いた。

 確かに名案である。

 二人が大会に参加するつもりなのかどうかは分からないが、昨日の話しぶりを聞いている限り参加するつもりはなさそうだ。

 しかし、帝の妹である和宮がその名前を出して、参加を求めたとあれば話は別だろう。これを断れば、尊皇派としては立場がなくなる。参加するしかない。

 で、参加すれば、さすがに遅れをとるわけにもいかなくなるだろうし、不用意な行動も取れなくなる。すなわち、大会が開催されている間は、私に何かをする余裕はなくなるということである。

「それならば誰も損をせぬだろう?」

「ははっ。ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げた。


 これでどうにかなりそうだ。

 そう考えたのは甘かった。

 午後に入って、部屋で書き物をしていると、後ろから勝海舟が声をかけてきた。

「一太、ちょっといいか?」

「何でしょう?」

 振り返った私は、思わず「あっ」と声を上げそうになった。勝の後ろに高橋泥舟たかはし でいしゅうの姿があったからである。

「山口殿、実はですね。山口殿に会いたいという人がおりまして、一献酌み交わそうと思うのですが、本日夕方の予定はいかがでしょう?」

「ほ、本日......」

 先を越された。私はそう思った。

 相手は予想以上に早い動きだった。いや、こちらと同じ動きだったというべきか。

 私が土方歳三に頼んでいる間に、清河は高橋泥舟に頼んでいたのだろう。そして、行動は高橋の方が早かった。

「......分かりました。ご一緒しましょう」

「おぉ、ありがたい。では、本日酉の刻(17時)に本所の旅籠『鶴屋』までお越しいただけますでしょうか」

「承知いたしました」

 と、承諾をする。


 大変なことになった。

 これは早めに退出して、試衛館の助けを求めるべきだろうか。

 しかし、迂闊に動くと追跡されてしまうかもしれない。かえってまずい結果になる可能性がある。

 どうやら肚をくくっていくしかなさそうだ。


 暗澹たる思いが胸のうちに広がっていった。

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