第6話 一太、敵を燻り出す方策を考える①
非常に困った事態になった。
私は剣術の腕は並以下だ。幕末きっての剣士として知られる河上彦斎を相手にできるとはとても思えない。
もちろん、試衛館のメンバーは護衛についてくれるだろうが、一日中ついているわけにはいかないだろう。隙ができる時間があるはずだ。
非常に気が滅入る。
とはいえ、滅入っていたら事態が好転するわけでもない。
できるだけのことはしなければ。
とはいえ、何をするかというのも難しい。
高橋泥舟は清河八郎と繋がりがある。しかし、彼に近づくというのはかえって不審に思わせてしまう可能性がある。
これは勝海舟なども同様で、私と仲がいいが、とはいえ、別の付き合いもある。変な探りを入れるわけにはいかない。
多分信頼できるのは、ここにいる面々と、あとは将軍・徳川家茂だけだろう。
この面々だけでどうしたものか。
うん、信頼できる?
「永倉さん、総司、一つ頼まれてくれないか?」
「何だい?」
「土方さんとなるべく早く話がしたい」
「土方さんと? それなら、明日の早朝に試衛館に行けば会えるんじゃない?」
「そうか。なら、今晩は試衛館に泊まることにしよう」
「そうだね、河上彦斎っていうやつ、多分強いだろうし、その方がいいよ」
話がまとまり、私は試衛館に向かうことにした。
翌朝、永倉と総司の言葉通り、土方は朝からやってきた。
昼間は薬の行商という名目のナンパ活動をしているらしく、朝だけ素振りをするらしい。
「土方さん」
「おっ、一太じゃねえか。どうしたんだ?」
「ちょっと頼みたいことがあるのですが」
土方は「ほう」と口の端を傾ける。
「珍しいね、おまえさんが俺に頼みたいなんて」
聞かせてくれよ、と土方は囲炉裏の方へと歩き始めた。
私はまず、前日の料亭の話をした。
「ほう......尊攘派がおまえさんをねぇ。おまえさんは剣術はからきしだからまずいんじゃないか?」
「そうなんです」
「でも、俺にすることはあるのか?」
「いえ、土方さんなら何かいい方法があるかなあと思いまして」
土方は目を見張った。
「それだけの理由かよ? いい加減だなぁ」
呆れたような顔をしたが、その場で腕組みをして考え始める。
「......そうだなあ。だったら、目標を一太じゃなく俺にするか」
「どういうことですか?」
「俺は色々なところに顔を出すからな。そこで今回の話をするというわけだ。そうしたら、尊皇攘夷の阿呆共はお前さんより先に俺を狙うだろう」
「それでいいのですか?」
私は驚きつつ土方に確認した。
白状すると、内心はそこまで驚いていない。
彼は多分にノリのいいところがあるのと同時に、口がやや軽いところがある。また、女性の交流関係が広いので、色々な方面に情報が行くだろう。
すなわち、「土方はどうも色々知っているらしい」ということだ。
ついでに史実の新選組副長としての活動実績からも明らかだが、いわゆるヘイト集めを苦にしないところがある。自分が嫌われても、それで目的が達成できるならそれでいい、というメンタルだ。
だから、敵を燻り出すとなれば、自分から率先してやりたがるのではないか、と思った。
もちろん、本人が言わないのに私が無理矢理勧めるのはまずいが、自分からやってくれる分には新選組副長としての資質もあるし、しっかりやり遂げてくれるだろう。
「かまわねえよ。俺は多分、お前たちより遥かに要領がいいからな。勝ちゃんや総司も含めて、他の奴らに任せるよりは、俺がやった方がいいという自信はある」
「ありがとうございます」
「おう、俺に任せておけ」
土方は自信満々に右手親指を自身に向けた。
これなら大丈夫だろう。
これで多分、土方は尊攘派を撹乱させるだけの情報をばらまいてくれるはずだ。
もちろん、それだけでは足りないが、もうひとつの方策についてはこちらに打つ手がある。
私は安堵しつつ、ただ、油断ならないので警戒しながら江戸城へと向かった。
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