第5話 謀議・②

 隣室で大騒ぎしている者達。

 どうやら、幕府に含むところがある者達らしい。


 私達は視線を合わせて、自然と桂が壁側に寄った。

 私と総司、永倉は会話を続ける。

 相手は酔っぱらって思わず大声を出してしまったようだが、こちらの声も多少は向こうに聞こえるはずである。こちらが全員聞き耳を立てていては、相手方に不審に思われる。聞き耳を立てる者以外は普通に会話を続ける。

「総司は出ないのか?」

「出ないよ。銃を使っていいなら別だけど、剣だと永倉さんには勝てないし、さっきも言ったように感状ももらったから、これ以上剣で何かしたいとも思わないし」

 とこんな風な話を続ける。その間、桂は真剣に聞き耳を立てていて、時々少し離れて小声でぼそぼそと何かを言っている。


 およそ半刻。

 隣の席がお開きとなったようだ。

 しばらくつまらない話を続けた後、永倉が外に出た。しばらくして戻ってくる。

「どうやら、そのまま帰ったらしい」

「何者だったんだ?」

 桂に尋ねた。

「恐らくは清河八郎のグループでしょう。彼らの話は私も聞いたことがあります」

「清河八郎ですか……」

 思いもよらない人物だったが、沖田と永倉は「うっ」と声をあげた。

「知っているのか?」

「いや、半年前に感状を貰った時に警戒してくれって言われた相手だ」

「そうか」

 史実では、清河八郎は浪士組組織を幕府に具申している。この浪士組から分裂した中に新撰組があるから、沖田や永倉にとっても縁のある人物である。

「彦斎と言っていた人物もいたようです」

「それは河上彦斎かわかみ げんさいでしょうね」

 小柄で色白な外見をしていたと言われるが、内面はそのような穏やかな人物ではない。むしろ、明治維新後ですら考えを曲げず、そのために処刑されたとも言われるほどの筋金入りの攘夷論者だ。

 それでいて、剣の達人と言うのであるから厄介極まりない。

「何を話していたのですか?」

「清河は剣術大会の名簿を幕閣から譲り受ける話をつけているようです。その名簿を元に、今後攘夷に走りそうな面々を説得しようと話していました」

「なるほど……」

 清河八郎は過激な尊王攘夷論者であるのみならず倒幕論者である。ただ、剣術も学問も優秀な人物であるため、人柄を見込んで、彼に傾倒していた幕閣も多いらしい。

 だからこそ、指名手配されつつも浪士組の結成というような話を持ち込めたのである。

「彦斎という人物は、逆に説得に応じそうにない奴は俺が斬ると息巻いていました」

「随分生意気な奴だな」

 永倉がカチンとなったようで、声を荒げる。

「ただ、油断のならない相手です。幕府の上役にもつながっています」

「そいつは厄介だな。見つけましたよっと申し出たら、それが筒抜けになるかもしれないわけか」

「その通りです」

「どうすればいいんだ?」

 と聞かれても、私もこれという考えはない。

 桂に他に何か言っていなかったかと聞いてみる。

 桂は一瞬迷うような様子を見せた。

「……今回の剣術大会を提案したのは老中だが、裏で考えた者がいるはずで、そいつが誰であるかも突き止めたい。今後の運動に必ず災いをなす男だから。と申していましたね」

「……えっ、それはまずいじゃん」

 総司が私の顔を見た。

「山口さんが剣術大会を提案したってバレて、彦斎が山口さんを襲ったら、間違いなく斬られるじゃない」

「……」

「どうするの?」

 どうするのと言われてもどうしようもない。

 知っている者といえば、将軍徳川家茂に、勝海舟、高橋泥舟たかはし でいしゅう男谷精一郎おだに せいいちろうの四人と試衛館の幹部以上となる。

 勝海舟は大丈夫だろうが、高橋泥舟は危ない。浪士組の初期幹部の一人には彼の義弟である山岡鉄舟やまおか てっしゅうがいる。恐らく、清河の人物を見込んでいた者達の中に高橋は入っている。


 高橋を通じて、剣術大会を提案したのが私だと知られたら、私自身が要注意人物として狙われることになるということか……

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