第4話 謀議・①

 その日の夕方。

 城から戻ってきた私は、沖田総司と桂小五郎の二人を呼び出して、近くのソバ屋で一杯やながら話をすることにした。


 小さな個室に腰かけ、そばや天ぷらをつまみに一杯。

 遠山の金さんやら鬼平犯科帳おにへいはんかちょうの世界である。

 この二人なら大丈夫だろうと思い、私は将軍が言っていた話をそのまま伝えた。

「このまま進めてしまうとまずいのだが、果たしてどうしたらいいだろうか?」

「……人選に明らかに問題があるとなれば、後からいくらでも物言いはつけられますね」

 桂はそう言いつつも。

「ただ、この手の話はどこにでもあることです。そこまで面倒を見切れないとも言えますね」

 桂の言葉に、総司も賛同する。

「そうそう。ただ、八百長に関してはいい方法があるよ。最後までやって勝ち抜け者が決まった後に、席次を決めるために全員総当たりの試合をやればいいんだよ。そうすれば、ズルをして勝ち抜いた奴はすぐ分かるでしょ」

「あぁ、なるほど。席次を決めるとなると、それぞれの面子なり何なりという頭の痛い問題も出てきそうだが……」

「そんなの知ったことじゃないよ。負けた奴は次回勝てるように修行をすればいいんだし。俺みたいに別のことをやっていて、剣が弱くなったな~って思ったら、出なければいいだけなんだから。自分が強いか強くないかくらいは、自分で分かっているでしょ」

 総司の言い分は迷いがなくて気持ちがいい。

「それに、日ノ本の剣客一人一人の面子まで考えていては、プロイセンやロシア相手にはどうにもならないのではないですか? 彼らをまとめあげるくらいの力が必要でしょう。名外交官殿」

「くっ」

 桂の茶化すような声に、私は思わず呻いてしまった。


「そういえば、桂さんは出るの?」

 総司が気楽に尋ねた。

「長州から出るようにと言われれば出るしかありませんが、あまり乗り気ではありませんね」

「何で?」

「世界を相手に渡り合う姿を見せられると、徒党を組んで大使の前で吠える様というのは何とも情けなくて、仕方ありません。ヨーロッパに行かなければ喜んで参加していたでしょうが、今となっては馬鹿馬鹿しい、その一事ですね」

「だよね~。俺もそう思うんだ。近藤さんとか土方さんはどうなんだろうなぁ」

 総司の様子だと、全員出ない方がいいと思っていそうだ。

「ただ、全員辞退は良くないのではないか? 他の道場から試衛館の連中は勝てないと思って逃げたと言われるかもしれない」

「あっ、そうか。それは確かに良くないな。となると、永倉さんや斎藤さんは出るしかないか」

「土佐からは坂本龍馬や岡田以蔵が出て来るかもしれない」

 以蔵の名前に、総司は嫌そうな顔をする。

「岡田以蔵ねぇ。あいつは面倒なんだよな~。この前、永倉さんに負けていたから、宿敵を永倉さんにしてくれればいいんだけど。坂本ってのは誰?」

「燐介の遠縁だ」

「お~、そういえば燐介は土佐だったんだな。でも、あまり土佐の言葉を使っていなかった気がするけど、英語で会話する方が多かったかな」

 と、話していたところ廊下の方で足音がした。「総司、いるのか?」と言って入ってきたのは永倉新八だ。


「あら、永倉さん。ちょうど今、永倉さんの話をしていたんだよ」

「俺の? どうせ悪口だろ?」

 総司は「違うよ」と笑いながら、先程まで話していたくだりを説明した。

「試衛館代表としては永倉さんと斎藤さんだと思うんだ」

「そうだな。確かに、上様から直々に感状をもらったわけだし、今更出ても仕方ないとは思うが、諸国の剣客を見てみたいし、昔の知り合いも出て来るかもしれないからな。俺は参加するつもりだ。でも、近藤さんも出るんじゃないかな?」

「土方さんは?」

「土方さんは出ないよ。『俺はそこまで強くねえし、痛い思いするだけのために出たりしねえよ』って言いそう」

「確かに……」

 場にいる全員が笑った。


 ほぼ同じく、隣の部屋からも大笑いが起きた。

「それはいい! 幕府につるむ連中をいぶりだす好機でしょうなぁ!」

 という酒に酔った男の叫び声。

「これ、巳之吉みのきち殿。声が大きい」

 続けざまに二人が、大笑いした男を制するような声を出した。


 幕府につるむ連中……。

 目の前にいる全員、険しい顔つきになった。

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