第2話 一太、手柄を横取りされる
翌日、私は二日酔いを感じながら登城した。
廊下を歩いているところで、老中の
「おはようございます」
二日酔いがバレるとまずいな、そう思いながら何の気なく挨拶をしたが。
「むっ? お、おう。今日も良い天気じゃな……」
安藤は厄介なものを見た、と言わんばかりに嫌そうな顔で挨拶をし、足早に去っていく。
「……?」
一体何があったのだろう?
二日酔いで、相手に不快感を抱かせる顔になっているのだろうか。
一度、庭に出て、水面に自分の顔を映してみた。
眠そうな顔ではあるが、相手にびっくりされるような顔ではない。
あるいは一年近く見なかった顔を久しぶりに見たから驚いたのだろうか。
それも考えづらい。私は下っ端なので城に直行しなかったが、正使の竹内殿をはじめ、主だった者は昨日のうちに帰国の挨拶をしていたはずだ。
とはいえ、私の顔を見ること自体は久しぶりである。
相手は老中だ。下っ端の私のことなどそんなにしっかり覚えていないだろうから、「こいつは誰だ? ああ、そういえばこんなのもいたな」という反応だったのかもしれない。
「おう、一太じゃねえか。何やってんだ?」
廊下の方から聞きなれた声がした。
「これは勝様」
勝海舟が廊下にいた。
「昨日戻ったんだってな。報告も聞いているが、顔を見ても分かる」
彼は「こんな顔をしている」といわんばかりに眠そうな表情をしてみせた。
「はい。どうにか無事に戻ってまいりました」
「上様も時々おまえのことを話題にしていたよ」
「もったいない話でございます。あ、ところで」
「おん?」
「以前、私が提唱しました剣術大会でございますが、その後、何か反応はありましたでしょうか?」
途端に勝の顔が渋いものになる。
「あ、あぁ、進んではいるよ。進んではいるんだが……」
「……?」
勝はしばらく考えていて、自ら庭の方に出てきた。池を指さす。
廊下に戻ろうとした私を伴い、池へと近づいた。廊下側から見ると、私と勝が並んで池の鯉でも眺めているか、あるいは連れションでもしているように見えるかもしれない。
「……いいか。俺が言ったとは言うなよ」
「……お約束しましょう」
「剣術大会は着々と進んでいる。しかし、おまえさんの手は離れた」
「と申しますと?」
「ご老中の二人安藤様と久世様が孝明天皇から攘夷について何かしているのかと、色々問われちまって、ついこの大会のことを触れたらしい」
「帝に……?」
「そうだ。そうしたら、帝が大層この考えを気に入ってしまったらしい。『武勇に秀でた者を集めて、神国日本の武威を示そうとはまこと天晴な考えである。その姿を見れば子供も発奮し、より武芸に励むだろう』ということで、朝廷から直々に金子を貰ってしまった」
「そうなのですか?」
「その関係で、ご老中方は発案を自分のものにしてしまい、二人が主催して着々と進めているというわけだ」
「ああ、なるほど……」
つまり、私はアイデアの手柄を取られてしまったというわけだ。
だから、先程安藤は私を見て「やばい」という顔をしたわけか。私の手柄……というほどのものかは分からないが、手柄を横取りしたので後ろめたい思いがあるらしい。
「そういうわけで、この件はおまえの手を離れてしまったというわけだ」
「先程、安藤様と顔合わせしたら、安藤様がバツの悪そうな顔をされていましたが、得心いたしました」
安藤信正は老中として公武合体策を進めている。
その一方で、アメリカ側から賄賂を貰っていたとか、問題もあった人物らしい。
人のアイデアを拝借して自分のものにするくらいは普通にやりそうである。
「おや、怒らないのか?」
勝は不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「……面白いことではありませんが、大会は究極の攘夷を目標とするために発案したものでした。それが帝に評価されたのであれば、結果的には私の本懐が叶ったということ。特に不愉快ということはありません」
未来から転生してきた私である。この時代の人間と手柄争いなどをしていても仕方がない。素性も分からない旗本が主張したというよりは、帝と老中が関わっているという方がより多くの者が集まってくるだろう。
それならば、それでいいではないか。
「……前々から思っていたけど、おまえさんは有能なのに欲がないんだねぇ。まあ、いいや」
勝はそう言って廊下へと戻って行った。
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