16章・攘夷と剣術大会(山口視点)

第1話 一太、帰国祝の席に出る

 文久元年11月、私達一行は欧州への旅程を終え、江戸に帰還した。


 江戸は不思議な雰囲気になっている。

 その理由は、孝明天皇の妹・和宮かずのみやだ。

 彼女が将軍・家茂と結婚するために江戸にやってきたのである。

 歓迎する者もいた。幕臣にとって、将軍と和宮の婚姻は朝廷との融和を図る最善の策だからだ。

 不満を抱く者もいた。まるで幕府が帝の妹を人質にとるようではないか、と思ったからだ。


 二極化した空気が渦巻く場所、私達が戻った江戸はそんな場所になっていた。



 帰国の翌日、私と桂は、試衛館の面々から日本橋に誘われた。

 帰国祝いでご馳走してくれるらしい。

 もっとも、行ってみたところ……


「見てくれよ、これ。将軍直々の感状だぞ」


 私達を待ち受けていたのは試衛館の面々の自慢話だった。彼らが将軍から貰った感状を見せられ、やれ何人斬った、誰をこうやって捕まえたということを自慢されることになる。

 しかも、七、八人がそれぞれに威張るから、時間がかかって仕方がない。

 ただ、彼らがそれぞれに語る大活躍は眉唾ものではあるが、活躍の機会が多いことは間違いないようだ。

 東禅寺にいる英国大使を救ったことをはじめとして、尊王攘夷派から幕府の要人やら外国公使を守った回数が十回を超えるというのは本当だろう。

「尊王攘夷活動はますます激しくなる一方ですね……」

 桂の言葉はまさに私の思ったことと同じであった。

「内親王の降嫁に対して憤激している筋もあることでしょう。まだ何かが起こるかもしれませんね」

「桂先生の方にはそうした情報は入っていませんか?」

 私は、少し意地悪く尋ねてみた。

 桂は少し前までは水戸の浪士とも組んでいて、尊王攘夷活動を行っていたからである。「ますます激しくなる一方ですね」と他人事で言えるような立場ではない。

 私の内心を察知したのか、桂はフッと薄笑いを浮かべた。

「一年も留守にしていた私に分かるはずがありませんよ。そもそも、彼らが私のことを今でも仲間と思っているかも疑問です。病ゆえに長州に戻って療養すると言い訳はしておきましたが、彼らも馬鹿ではないでしょうから、私が宗旨替えしたことに気づいているかもしれませんし」

 桂の軽口に、沖田が反応する。

「でも、桂さんなら自分のことは自分で守れるでしょ?」

「もちろん守れますが、なるべくなら刀を振るいたくはないですね。私も一日ずっと起きているわけにはいきませんので、敵を無闇に増やしたくはありません。逃げて済むものなら逃げておきたい」

 こうした発言は『逃げの小五郎』の真骨頂かもしれない。


 尊王攘夷派について話をしていると、どうしても気が滅入ってくる。

 だから、他の話題に変えて、酒食をすること半刻ほど。

「そういえば、山口さん。あれって、どうなっているの?」

「あれ?」

 総司が唐突に言い出した『あれ』が何なのか分からず、私は一瞬混乱した。

「ほら、剣術家を集めて大会を開くって言っていたじゃない?」

「あぁ……、あれのことか」

 どうなっているのか。

 どうもなっていない。

 計画を立ち上げ、それを受けて幕閣から諸大名に通知はしていたはずだ。

 ただ、その返答がどうなっているのか分からない。

 おまけに私もヨーロッパに行っていて、計画について考えることをストップしていた。

 忘れていたと言ってもいい。

「あれを早めにやった方がいいんじゃない? 攘夷なんてやっても、実際にはヨーロッパは痛くもかゆくもないんだし、剣術大会やって勝ち抜いた連中が大使館の前で『イギリスなど何するものぞー、オー!』と遠吠えしている方がいいでしょ」

「遠吠えとは酷い言い方だな。一応確認してみるが、幕府も今は内親王降嫁のことで頭が一杯だろう。婚姻の儀が終わるまでは話が進まないかもしれないな」

 この時点で、私は幕府の中でも忘れられているのではないか、と思った。


 実は全く違っていた。


 そのことを翌日思い知らされることになる。

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