第17話 燐介と諭吉、ディアスと会う
サリナ・クルスのホテルに戻った俺は、まず諭吉と話をすることにした。
「……ということで、メキシコには結構凄い預言者みたいな女がいるので、フランスも苦戦するかもしれない」
諭吉は「こいつは一体、何を言っているんだ?」という、呆れたような顔をしている。
「確かに一人くらいは事象を正しく見られる者がいるかもしれないが、この国の者は総じてダメではないか?」
「諭吉さんさ……、しれっと、滅茶苦茶失礼なことを言ってない?」
実は諭吉のこういう態度は時折見られるものだ。
欧米は凄い、他はたいしたことない、中国は全然ダメ、みたいな。特に中国嫌いは相当なもので「拙者は中国が嫌いで言っているのではない。むしろ、拙者は朱子学など中国の学問を日本で最も理解していると言っていい。そのうえで言うのだ。中国は残念な場所だ。それ以上に、日本で中国の学問をしている奴はもっとダメだ」と。
ということで、依然として「メキシコがフランスに勝てるはずがないだろ」という考えを崩さない。
まあ、このあたりは二人でマクシミリアンに報告して、どちらを信用するか本人に決めさせるのがいいだろう。
と、デューイがホテルに駆け込んできた。
「リンスケ、いるか?」
「どうしたんだ?」
「おまえに会いたいという客人が来ている」
「客人?」
誰だろう。フアナが何か言い忘れたことがあってやってきたのだろうか?
会ってハグしているところを佐那に見つかると、厄介だなと思っているが、デューイが言った名前は別の者だった。
「ポルフィリオ・ディアスという、メキシコ軍人らしい」
「何!?」
俺はびっくりした。
えっ、どういうこと?
何で、そいつが俺に会いに来るの?
会いに来たという以上、通さないわけにもいかないので海軍のスペイン語通訳と共に連れてきてもらった。
やってきた、ポルフィリオ・ディアス・モリは頬がこけ、精悍な顔つきに長い口ひげが似合う男であった。背丈は180くらいか。
「……ポルフィリオ・ディアスだ」
「モリさんじゃないの?」
「モリは母方の姓だ。普通はディアスを名乗る。君がリンスケか?」
「そうだけど、俺に何か用?」
尋ねると、ディアスはムスッとした顔をした。
「……こんなことを言っても信用してもらえないかもしれないが、昨日、夢にフアナ・カタリーナ・ロメロ嬢が出てきて、サリナ・クルスにいるリンスケというハポネスに会いに行けと言われた」
「えぇぇ」
マジかよ。
フアナ、魔女か何かなのか。
「おまえとメキシコのことを語り合え、と。フランスの進攻に影響を与える男だ、と」
「えぇぇ」
俺は戸惑う。何を語り合えというのだ。
「燐介、拙者が話をしよう」
すると諭吉が興味を持ったようで、ずいと出てきた。
諭吉はメキシコについてちょっと否定的だから、ここは彼に任せた方が良さそうだ。
ホテルのロビーで向かい合い、二人が話を始める。
まずは諭吉からだ。
「拙者はメキシコについて色々聞いたが、アメリカに負けっぱなしだという。そんなところがフランスに勝てるとは思えないのだが、いかがだろうか?」
うわぁ、ぶっこんでくるなぁ。
失礼なうえに物凄い上から目線だ。
ディアスはムッとした顔になったが、すぐに平静さを取り戻して答える。
「メキシコは制度としてはアメリカに負けない自由の国だ。しかし、決定的に劣るものが一つある。そこが追いつけば、メキシコはアメリカに負けないと考えている」
「ほう? それは何かね?」
「鉄道だ。アメリカは水運も秀でているが、多くの地域で鉄道が伸びている。対して我がメキシコにはそれがない。移動できないのだ。移動できない自由に何の意味があるのか。これが唯一にして決定的な違いだ」
「ふむ……」
諭吉はなるほどと頷いている。そんなに簡単な差で全てが決まるものではないと思うが、ディアスの言い分自体は正しいように思えた。
「ただ、攻め込まれる際にはこれが役に立つ。メキシコは高地で、しかも鉄道がない。フランス軍がいかに強いと言えども、空を飛べるわけではないだろう。もしかしたら、メキシコシティは占領されるかもしれない。しかし、メキシコ全土が支配されることはない。メキシコは必ず勝つ」
あー、なるほどね。
ディアスはフランス軍が空を飛べるわけではない、と言った。
実際には20世紀以降、空も飛べるソ連やアメリカがアフガニスタンを攻めあぐねたという事例もある。交通網がないところは、それだけ攻めづらいということか。
「メキシコには1000万人の戦士がいる。フランス軍がいかに強かろうと、メキシコ中くまなく探して全滅させることは無理だろう」
「確かに、メキシコは広い……」
お、諭吉がちょっと同意を示したぞ。
ただ、1000万人全員が戦士ってことはないと思うし、サンタ・アナのようなフランスにつくような面々もいそうな気はするが。
その後、一時間くらい諭吉とディアスは通訳を交えて話をしていた。
ディアスは短期間だが市長の経験もあるらしく、メキシコの問題点をよく把握していた。そのうえで、メキシコの可能性を信じていることがよく理解できた。
諭吉も途中からは意気投合していた。
ディアスが帰った後、諭吉は言った。
「拙者の見通しは甘かったようだ。彼のような者がいれば、メキシコは勝つだろう。日本にも彼のような者がいてほしいものだ」
その後、少し考えてから追加する。
「ただ、日本はメキシコと比較すると海で繋がり過ぎている。これはディアス将軍の言い分によれば日本の弱みでもあるし」
「移動しやすいという点では、自由を得れば日本がアメリカに追いつきやすいことにもつながるね」
俺の答えに、諭吉は満足そうに頷いた。
注:当時のメキシコの人口は900万人弱くらいだったようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます