第16話 テワンテペクの女主人③
テワンテペクに住む美女……
フアナ・カタリーナ・ロメロの話は続く。
「フランスの力ではメキシコを攻め落とすことはできぬ」
「それは同感だけど……」
メキシコ皇帝になったマクシミリアンは最終的には殺されてしまったわけだからね。
ただ、アメリカにいるリンカーンや、諭吉はフランスが強いのではないかと思っている。同じメキシコ人でもフランスに期待しているサンタ・アナみたいなのもいるし。
そうでないと言い切るからには、それなりの自信があるのだろうか。
このテワンテペク地方は、フアレスの本拠地であるオアハカから近い。フアレスのことをよく知っているからだろうか。
「ベニート・フアレスってそんなに強いの?」
「メキシコを勝利に導くのはベニート・フアレスではない」
「……あれ、そうなの?」
「クアウテモックの魂を引き継ぐ男……ポルフィリオ・ディアス・モリがメキシコを救うのだ」
注:クアウテモックはアステカ王国最後の王。豪勇をもって知られており、メキシコでは今も高い人気を誇る。
「ポルフィリオ・ディアス・モリ?」
全く聞いたこともない。山口なら知っているんだろうか?
「そうだ。彼の者に全て任せておけばよい」
「ほぉ……」
全然知らない名前だけど、これはマクシミリアンを思いとどまらせる説得材料になりそうな気はした。
この女は、俺のことを知っていたわけだ。それ自体が相当な情報力である。そんな女が評価するポルフィリオ・ディアス・モリという男。こんな恐ろしいのがいると教えれば、思いとどまるのではないだろうか?
ちなみに日本人なので、どうしても最後のモリが気になってしまう。もしかして支倉常長の使節に森という人がいて、その人の末裔だったりするんだろうか、と。
「メキシコのことは任せておけばよい。それよりも」
フアナが少しずつ、俺に近づいてくる。
「妾とそなたとで、新しい命を吹き込もうぞ?」
「はいぃぃ?」
思わず、フアナの胸元に目が行く。メキシコの伝統衣装っぽいけど、結構開いていて、真正面から近づかれると目のやり場に困る。
「どうした? 何故下がる? 妾とは嫌なのか?」
「い、嫌って訳じゃないけど……」
「いずれはこのメキシコでもな、オリンピックなるものを開催するのじゃ」
「そうだね、いずれはメキシコでも……うん?」
「どうした?」
「もしかして、新しい命というのはオリンピックのこと?」
「他に何があるのじゃ?」
「あ、いや……。何でもない」
どうやら、俺の自意識過剰だったらしい。
びっくりした。
どうやらフアナは故郷のテワンテペクを心底愛しているようで、それでオリンピックのような新しいものもここでやってみたいと思っているようだった。
「うーん……」
ただ、難しいとも思った。
メキシコ全土のことに詳しいわけではないが、テワンテペクは大都市ではない。
正直、ここが開催地になるというのは難しいような気がする。少し行けば、首都メキシコシティがあるわけだし。
「ただ、競技によっては開催できるかもしれないから」
サッカーの鹿島、ラグビーの釜石のようなもので、この地域である競技が発展していれば、その競技は「テワンテペクにはいい会場もあるし、そこでやろう」という話になるかもしれない。
でも、何をやらせたらいいのだろうか?
21世紀の現代メキシコだと、サッカー、ボクシングが広まっているイメージだが、この時代はどちらもなくて、闘牛、闘鶏、闘犬が多いらしい。
つまり、サンタ・アナが勧めていた競技ということになる。
俺としては、ボクシングを勧めたいところだが、ベアナックル式でないボクシングはまだほとんど普及していない。
存在しない競技を教えるのは難しい。「だったら、おまえがやってみろ」ということになれば、痛い思いをすることになりそうだし。
結局、競技の話は進むことなく、俺はフアナの屋敷を出た。
「メキシコに来たら、また寄ってくれ」
「うん。その時までに、ここで広められそうな競技を考えておくよ」
そんな言葉をかわして、ハグをして別れた。
さて、帰ろう。
と、帰りの道を見てげんなりとなる事実を思い出した。
また半日歩いて帰らなければならないということを。
みんな、待っていてくれているかなぁ。
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