第15話 テワンテペクの女主人②
とりあえずテワンテペクに向かうと、海軍の船に言伝を残させて、俺は謎のアミーゴについていくことにした。
相手が住むのは高地側のようで、山道を登っていくことになる。
暑い、疲れる……。
「そのフアナさんだっけ、その人は何で俺のことを知っているの?」
全然聞いたこともない名前だし、メキシコに俺を知っている人はいないはずだし、さっぱり分からない。
「山の精霊が教えてくれたらしい」
……はぁ?
男は真顔だ。嘘を言っているようにも、冗談を言っているようにも見えない。
「山の精霊?」
「そうだ。山の精霊だ。フアナ様はそうした者達と語り合うことができる……」
「……えーっと」
これはやばい。俺はまずそう思った。
命が危ないとかそういう意味ではない。違う意味でやばい。
怪しい宗教のようなやばさを感じる。
逃げ出した方がいいんじゃないか、とも思えてきた。
「フアナ様はこれまでも色々なことを教えてもらっていた。その中にウソはない。今回も、リンスケという日本人が確かにいた」
「信じがたいなぁ」
そんな超常現象はあるわけない、とは思う。
ただ、それを言うと今の俺は何なんだという話だ。21世紀に生きていたはずなのに気づいたら19世紀に生きて、もう20年近くになる。
ひょっとしたら、そのフアナという人間も転生者だったりするのだろうか?
山口も転生している以上、更に別の転生者がいたとしても不思議はないわけだが……
半日くらい歩いて、小さな集落にやってきた。
山と山の間にある小さな谷、そこに200人くらいの規模で生活しているようだ。こちらへの道がしっかり舗装されているところを見ると、時々サリナ・クルスの街に出て行商などをしているのだろう。
アミーゴはその中で一番大きな建物へと向かう。入り口側の壁面には狼か牛かの毛皮を繋ぎ止めたらしいものが張り付けられてあって、いかにもオカルトな雰囲気がする。
「フアナ様、リンスケなるものを連れてきました」
「ご苦労」
やや低い女性の声が響くなり、扉がギィと音をたてて開いた。
あれ? 今、誰も扉に手を触れていないようだが?
扉の内側には誰もいないし、アミーゴも触れた様子がない。
この時代に自動ドアがあるはずないし、一体全体?
紐か何かで引っ張ったんだろうか?
アミーゴが「失礼します」と中に入ろうとしたが、中から。
「リンスケだけでよい。ご苦労だった」
アミーゴ、ここでお役御免らしい。
あからさまにガックリとなった後、俺を見て舌打ちして去っていった。
何なんだ、一体。
「リンスケ、近こう寄れ」
あれ、それまでスペイン語で話していたのが、いきなり英語に代わったぞ?
「あんたは一体何者……」
と尋ねようとして、フアナを見た俺は一瞬息を飲んだ。
中南米系とでも言ったらいいのだろうか、その女性は全体的に大柄だ。琴さんよりも少し高いだろう。それでいてかなりの細身だ。少し日焼けしたような小麦のようなきめこまやかな肌をしたアンデス美人だ。
いや、アンデスは南米でメキシコではないのだが、アステカ美人って聞かないし。
と混乱するくらい、彼女は美人だ。日本風とも、エリーザベトのような欧州風とも異なる美人だった。
「聞いておらぬのか? 私はフアナ・カタリーナ・ロメロと言う」
「いや、それは知っているけど、何であんたが俺のことを知っているんだ?」
「フフ、妾は山の精霊と語り合い、教えてもらっているのだ」
「……」
俺が疑わし気に眺めていると、彼女は「つまらん奴だ」と苦笑した。
「妾のような美女が、こうして主人然として座っていると、取り入りにやってくるものが大勢いるのだ。そうした連中が色々と教えてくれる」
「その中に俺の話もあったのか?」
「世界各地で行われている競技を、まとめて行うというのであろう。中々面白い趣向だ。妾も一つ噛ませてもらいたいと思っている。もちろん、この国の混乱が収まった後の話ではあるが」
「……俺のことも知っているくらいだから、フランスのことも知っているわけだよね」
フアナは無論と頷いた。
「フランス皇帝は足下もおぼつかないのに、こんな遠くの国を攻めてどうなるというのだ?」
「でも、サンタ・アナのようにフランスと結びつこうとしている人もいるみたいだけど?」
「ハン。あのような爺に何ができる?」
「フアナさんっていつ生まれたの?」
「1837年だ」
ということは、24か。そういえばエリーザベトも1837年生まれだったな。
佐那と琴さんは一つ下だけど、どうして俺がこの時代で会う女性って少し年長ばっかりなんだ?
注:フアナ・カタリーナ・ロメロは伝説の多い人物ですが、実在人物です。転生者ではありません(苦笑
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