第14話 テワンテペクの女主人①

 メキシコの情勢を色々と聞いた後、俺達はメキシコの首都メキシコシティに向かうことにした。


 とはいえ、これが結構遠い。

 メキシコは高地なうえに、移動に適した川が少ない。

 更に南米では元々馬を使う習慣が少なかったから、馬車のようなものもない。

 ということで、徒歩しかないと思ったのだが。

「もう少し、メキシコシティに近いところまで船で移動するか?」

 デューイの言葉に、考えを変えることにした。どうせなら、少しでも近い方がいいだろう。

「近いというと、アカプルコか?」

 メキシコの地図をしっかり見るなんて、21世紀に生きていた頃は一度もなかった。

 こうやって見ると中米のほとんどがメキシコなんだなぁ、と改めて感心する。


 太平洋に面しているメキシコ中部のアカプルコは古くからの貿易街だ。

 日本との関わり合いもあって、以前ローマにいた時に話題になった伊達政宗が送った支倉常長率いる使節。彼らが最初に向かったのもここアカプルコだった。

 ま、彼らのうちの何人かが定住を決めたセビージャ近辺とは異なり、この周辺には日本人の名残はないだろう。

「アカプルコもいいんだけど、もうちょっと南のテワンテペクの調査もしてみたいんだけど、いいかな?」

 デューイが別の提案を入れてきた。

「テワンテペクまで行くと、マンザニージョから行くのとほとんど距離が変わらないぞ」

 テワンテペクから向かうと、途中にオアハカがある。ここがベニート・フアレスの出身地だということで何かあるかもしれないが、わざわざ船を使って、歩く距離が変わらないというのは辛い。

「いや、それは分かっているんだけど、海軍の要請もあってね」


 デューイが言うには、アメリカ合衆国は一度メキシコ中部で中米を横断するルートを確認してみたいということらしい。

 現在、カリフォルニアと東部の行き来は、船でパナマまで行ってからパナマ鉄道で突っ切り、反対側からまた船というパターンである。

 仮にメキシコ中部に鉄道を通した場合、もう少し早く行けるのではないかということを確認したいということだ。

「……まあ、そういうことなら」

 デューイ、というか、アメリカ合衆国海軍には色々世話になっている。彼らが手伝ってほしいと言う以上、俺達にノーという選択肢はない。

 それなら、オアハカにも立ち寄る形で行くことにしよう。


 ということで、船で太平洋を南東に向かう。

 テワンテペク地方の港町サリナ・クルスに到着し、そこから北に向かうことになる。

 メキシコは高地が多いが、このあたり一帯は比較的低地だ。大西洋側の主要都市ベラスケスまでの間で鉄道を通せば、アメリカから行く分には近道になるかもしれない。

 もっとも、アメリカで大陸横断鉄道が通ってしまえば、全て解決するのだが。


中米の地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330659966929961


 サリナ・クルスに着くとすぐに海軍の面々は調査に向かった。

 諭吉はビールを飲みに行き、佐那と琴さんも付近の散策に向かう。

 何だかんだ、余裕たっぷりの旅行である。


 俺は一旦、サリナ・クルスの街を回ろうとする。

 メキシコというと荒野のイメージが強いが、このあたりは低地ということもあって、建物や街並みはアメリカの街とそう変わらない。違うことといえば、恰好くらいだろう。メキシコでおなじみ、ソンブレロを被った男達が多い。

「おまえは日本から来たリンスケだね?」

 そしていきなり、ソンブレロをかぶった男に呼び止められた。

 顔を見るが、全然知らない顔だ。

「……そうだけど、誰?」

 まず思ったことはサンタ・アナの知り合いかということだったが、こんな遠くまで俺達のことを知らせる時間はないはずだ。わざわざ知らせる理由もないだろうし。

 となると、こいつが個人的に俺を知っていると考えるしかないが、その場合、ジョン・ブースのようなロクでもない理由しか考えられない。

「あぁ、警戒しないでくれ。俺達はアミーゴ(友達)だろ?」

 俺の様子を見て、相手は急ににこやかになって両手を広げてくる。

 ちなみにこいつは英語を使っているわけではない。ボディランゲージも含めてそういうことを言っているのだろうという俺の解釈だ。

「悪い。俺はあんたとアミーゴになった覚えはない」

「つれないなぁ。俺もあんたと会うのは初めてだけど、あるお方が呼んでいるんだ。この街にハポネスのリンスケという男が来るから、連れてこいって」

「あるお方って、誰だよ?」

 この地方のエライ人か?

 しかし、何で俺が来ることを知っているんだよ。

「名前くらい言うのが礼儀じゃないか?」

 と尋ねると、相手も頷いた。

「それもそうだな。あんたを呼んでいるのはフアナ・カタリーナ・ロメロ様だ」

「フアナ・カタリーナ・ロメロ?」

 しまった! 名乗られても全く分かんねー!

 しかも、名乗らせてしまったので、こちらが断る理由がなくなってしまった。

「心配するな、危害を加えるようなことはしない。悪いようにはしないからついてきてくれ」

「本当かよ……」


 怪しいなぁと思いつつも、俺はやむなくついていくことにした。

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