第13話 メキシコの進むべき道
マンザニージョに着いた俺達は、そこでサンタ・アナの徒党の一人らしいパブロ・コルテスを探すことになる。
「わしのコネで地元の有力者をやっているネ。多分、大きな酒場にいるネ」
サンタ・アナの言葉通りに、パブロ・コルテスは街の酒場で見つかった。
話をしてみるとメキシコの現地人ではあるが、これからのビジネスのために必要だということで英語も多少できるらしい。これは助かる。
もっとも、期待していたサンタ・アナの影響力はというと……
「あの人のおかげでいい目を見させてもらったこともあるけどね。もうサンタ・アナ爺さんの時代じゃないよ。今更、あの人に期待している人はいないね」
と、呆れたように紹介状をビリビリと破く。
そんなもんだよなー。
「しかし、おまえたちとは付き合っていきたいね。メキシコ人を金持ちにしてくれるのはアメリカね。それは理解しているよ」
「そ、そうか……」
有難いような、有難くないような。
コルテスは酒場へと招待してくれた。ビールが好きな諭吉は大喜びだ。
ちなみに酒場というのは、西部劇にありそうな造りのものだ。
中はバーのような造りだが、その外に殺風景な中庭があり、そこでは闘鶏がやっていた。
賭けをしている連中がその周囲を囲んで「やれー」だの「行けー」だの叫んでいる。
「セニョール・リンスケは、闘鶏は嫌いなのかい?」
「嫌いというわけではないけど……」
「闘鶏が嫌なら隣がいいね。ベアナックルをやっているよ」
「ベアナックル……」
ベアナックルというのは、ボクシングの昔バージョンのことだ。
今のボクシングはグローブをつけて行う。そうでないと殴る側の拳もやばいし、殴られる側もやばいからな。
しかし、ベアナックルではそんなものはつけない。素手の殴り合いだ。
「……そっちも賭け事が絡んでいるの?」
「もちろん」
うへぇ。
賭けが絡んでいるとなると、やっている側の金がかかっているから凄惨なことになりやすい。
ダウンに関する明確なルールもない時代だから、それこそギブアップも許されず死ぬまで戦うしかないということもあったらしい。
俺が嫌そうな顔をしていることに気づいた諭吉が「どうしたのだ?」と尋ねてきて、考えたことを説明すると、彼も嫌そうな顔をした。
「日本では剣術でそこまで粗野な賭け事になることはない。彼らのやりようは理解に苦しむ」
「……まあ、やる側も金に困っているから」
日本と違って身分固定制がないから、安定した職業が保証されるわけではない。
今も昔もキツいことをして生計を立てなければいけない面々はいるわけで、これなんかはまさにそれだ。
もっとも、現代ボクシングと異なってベアナックルは一度の敗戦でそのまま廃人になってしまう可能性が高い。
負けるまでは「俺は天下無敵だ」と思っているベアナックラーもいるかもしれないが。
俺達の空気を察したようで、コルテスはそれ以上勧めてくることはなくなった。
「メキシコは進むべき道が決まってないから、今も昔も大混乱よ。100年後も200年後も混乱しているかもしれないね」
話を政治的なことに切り替えてくる。
「メキシコには三通りの考え方があるね。一つはヨーロッパ……スペインやフランスにへつらって生きていくやり方ね。一番伝統的なやり方ね。その際たる連中が、今、フランスを呼び寄せようとしているね」
「サンタ・アナさんもフランスに期待していたよ」
「あれは終わった奴だからどうでもいいね。フランスに影響を与えているメキシコ人は彼じゃないよ。亡命してパリに逃げた連中よ」
「へぇ……」
パリに亡命メキシコ人達がいたというのは気づかなかった。
もっとも、俺は競馬見たり、スポーツ見たり自由気ままだったから、メキシコ人達が隣を歩いていても気づかなかっただろうけれど。
「今、一番金持ちになりたいなら、ロンドンかパリに行くべきね。だけど、ロンドンには太陽がないし、インド人がより大きな顔をしているね。メキシコの富を持っていくならパリに逃げるのが賢いね」
「なるほど……」
歴史的な経緯だと亡命するならスペインの方なんだろうけれど、確かにスペインは一級国からは脱落してしまっているからなぁ。
「もう一つは、メキシコはメキシコとして生きていくやり方ね。メキシコの憲法を作って、自分の足だけで生きていくやり方よ。フアレスはこれを望んでいるね」
「一番いいように見えるけどね」
「できるのならね。メキシコにはできないね。メキシコは陽気な人達よ。目の前のことを楽しむのが大切で、目の前の楽しみを捨てて、苦難に満ちた道を進むのは大変ね」
「あぁ……」
逆に日本は、目の前の楽しみに浮かれるより、先々のことをコツコツする方が美徳になるから、よく分かるなぁ。どちらが良い、悪いではなく、そういう違いがあるということで。
「第三の道はアメリカに追随して行きていくやり方ね。歴史的にはアメリカには恨みも多いよ。だけど、アメリカは発展するね。これについていく方がメキシコも結果的にはいい目を見られるね」
「確かにそうだけど、そういう人がいるという話は聞かないよ」
マルクスの話にも、サンタ・アナの話にもなかった。
「今、実権を握っている連中はそうね。だけど、若い連中の中にはそう思っている者も多いよ。メキシコとアメリカは同格と思っているけど、そうではないね。いずれアメリカが上に行くね。メキシコは二番目、悔しいけど、それが一番堅実ね」
「確かにそうだね」
そういう考え方も広まりつつあるのか。
「今は前の二つが争っているね。だから、フランスも割り込んでこようとしているね。私は思うよ、そのうち、ヨーロッパにもメキシコにも飽きた者が三番目の考え方に行くということを。メキシコシティに行って直接見てくるといいね」
アメリカに追随しようという考え方が広がりつつあるというのは目から鱗だった。
メキシコシティがどうなっているのか、確かめてみなくては。
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