第10話 燐介、サンタ・アナと会う②
サンフランシスコの酒場。
ここで諭吉は元メキシコ大統領のサンタ・アナと話をしていた。
この男、いかにもラテン系なのだろう、聞かれていないこともガンガン話してくる。スペイン語訛りの英語で、とにかくもうマシンガンのように話しまくる。
「もしも、立派な政治家がメキシコを治めているのなら、わしも諦めるよ。しかしネ、ベニート・フアレス! あんな奴を大統領にするのは到底認められないネ」
「何で? 大統領になったということは、それだけの信任は受けているんだろ?」
「あいつにはネ、スペインの血が流れていないんだヨ、そんな奴が大統領になるなんて冗談じゃないヨ!」
スペインの血が流れていない……?
一瞬、何のことだとなるが、独立前後からメキシコの支配者層にいたのはスペイン系の人間だ。具体的にはスペイン人とメキシコ人の混血(クリオージョ)ということになる。
一方、ベニート・フアレスは生粋のメキシコ人らしい。
スペインの血が流れていないということは支配するにふさわしくない。そういうことが言いたいようだ。
差別意識丸出しではあるが、それについてはネイティヴ・アメリカンに対するアメリカもさほど変わりがない。
この時代ではある程度仕方ないところもあると言うしかないだろう。
「更に、フアレスはヨーロッパが自分達を搾取していると、債務の利払いを拒否したって言うんだ! 考えられないネ!」
メキシコにはヨーロッパから軍費なり何なりと色々借款があるらしい。
これ自体は不思議な話ではない。幕末日本だって、ヨーロッパから武器を買ったりした際に借金していたというし、明治初期にも借金していたはずだ。
で、貸す側というのはどうしても強い。これは現代でも言えることだが、貸す際に担保をつけたり条件をつけたりして、貸した金以上のものを取ろうとする。だから、借りた側には大きな不満が残る。「先進国の連中は不当な条件で貸し付けている。我が国は搾取されている」といったものだ。
フアレスの場合は、初のメキシコ系大統領ということでそういう意識がより強いらしい。「メキシコ国内に金がないのにヨーロッパへの返済が出来るか」と返済を拒否してしまったらしい。先々月のことだと言う。
「リンスケ、分かるだろう? メキシコを取り巻く空気は、ヨーロッパにいた時よりも悪くなっている。元々乗り込む気満々だとフランスは元より、消極的だったイギリスやスペインもメキシコを懲罰しようという空気になっているようだ」
それはまずいな。
リンカーンが「メキシコが連合国に協力しないなら、多少アメリカと距離があっても安定してくれた方が有難い」と言っていたが、放置しておくとグラグラしそうな雰囲気だ。
とはいえ、サンタ・アナと協力するのはどうだろう。
「諭吉、もしかしてマクシミリアンのことも教えたの?」
諭吉はサンタ・アナと意気投合しているようだが、こちらの持つ情報を全て話してしまうとなるとまずい。釘を刺しておかなければならない。
「私はそこまで軽薄ではないよ。それにその情報は既に彼も知っている」
「……そうか」
確かに、そもそもメキシコの一部が「皇帝にふさわしい人を送ってくれ」とナポレオン3世に頼んでいたのだ。サンタ・アナもメキシコの元要人だし、その候補が誰であるかくらいは知っているだろう。
メキシコとの繋がりは欲しい。
しかし、このサンタ・アナを信用することには抵抗がある。
取り扱いに悩んでいると、奴はニッと笑った。
「わしはユキチからおまえのことも聞いたヨ。リンスケ」
「うん……?」
「おまえは世界を舞台にスポーツの大会をやろうとしているらしいネ。わしもスポーツは大好きだ。場合によってはわしとメキシコが協力してあげてもいいヨ」
「……本当か?」
「もちろん。わしは追放されて暇になったから、今は自宅でもやっているヨ。毎日が楽しいネ。世界を相手に戦う、世界最強を決める。とても面白そうネ」
「へぇ……」
確かに、サンタ・アナは67歳だというけれど、見た感じでは40代後半くらいに見えるほど若々しい。
何か夢中になれる競技でもやっているのかもしれない。
このところ、政治的な動きが多かったから、スポーツ競技の話をするのは久しぶりだ。
思わず身を乗り出してしまった。
「ちなみに、何をやっているの?」
「
「と、闘鶏……?」
「そう、闘鶏! 楽しいネ! ワクワクするネ!」
サンタ・アナは両手をサムアップして、右目をウィンクしてきた。
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