第3話 試衛館の剣客、感状を受ける

 8月になってから、呼び出しがあった。

 東禅寺を救ったことで、俺達は将軍に表彰されることになったらしい。

 いわゆる感状を貰うということだ。

 全員で、というわけではなく、一人一人に、ということだ。


 近藤さんは報告を聞いて、びっくり仰天している。

「い、一体いかなることが書かれてあるのだろう。どのような額に入れて飾ったものか」

 貰ってもいないのに、何に収めるかを必死に考えている。

 もっとも、あの飄々とした土方さんでさえ、「俺にそんなものを寄越していいのだろうか」と言いつつも、「夏の夜に、家族に見せたい、感状を」と下手な句を読んでいるから本心では相当嬉しいのだろう。

「全員の勘定を壁に張り出して、挑戦者を募ったら、試衛館は日本一の道場になるぞ」

 永倉さんの発想はいかにも強い奴大好きという発想だった。


 出頭の日は二回に分けられている。

 というのも、全員出頭すれば、その間に何か不都合があるかもしれないからだ。

 別に名乗っているわけでもないし、尊王攘夷派に試衛館が知れ渡っていることはないと思う。とはいえ、怪しいと思っている者くらいはいるかもしれない。完全に無防備にするのはまずいということだ。

 ということで、初日は俺と、近藤さん、土方さん、島田さんで行くことになった。


 江戸城に入り、二の丸に向かう。さすがに旗本でもない俺達だから、入り口近くの部屋だが、ここにだって簡単には入れない。

「むっ、沖田……」

「あら、新見さん」

 座っているのは外国奉行の新見正興しんみ まさおきさんだった。二年前の訪米で正史を務めていた人だ。

「そうか、滅法強い、英語の堪能な奴がいると聞いていたが、おまえのことだったのか」

「そうだよ。俺と同じくらい強い英語使いは諭吉さんだけでしょ」

 もっとも、諭吉さんより銃は遥かに上だけど。

「まあ良い。まずは近藤勇」

「は、ははっ」

 いつも強面で堅そうだけど、緊張でガチガチ、滅茶苦茶固まっている。一歩進むのも大変、という様子で新見さんの前に座った。

「その方、幕府の命を受け、東禅寺を護衛し、不貞浪士十四人中十二人を討ち取り、残る二人を捕縛したこと、真に天晴なり。よって、上様より直々に感状をしたためいただき、手渡すものとする」

「あ、ありがとうございます!」

 正座のまま進もうとして、ずるっと前に倒れてしまった。

「おいおい……」

 見かねた土方さんが助けようとするけど、こちらもドタッと前に倒れる。

 何とも情けないけど、理由が理由だから、みんな穏やかに笑うだけだ。

「なくそうものなら切腹ものだ。しかと心せよ」

 新見さんが笑いながら、感状を近藤さんに手渡した。

「土方歳三及び沖田総司と島田魁。その方三人も同等とする」

「ははーっ」

 俺はあれなんだよなぁ。イギリス女王に会ってしまったので、みんなより偉い人に慣れてしまったのかもしれない。

 でも、もちろん、家のことを思うと名誉だ。大切にしないと、な。


 みんなは中身を見て、「ほお」とか「お~」とか透かしたりしている。

 新見さんはにやにやしていたが、突然真顔に戻って俺を見た。

「沖田よ」

「何でしょう?」

「一件、どうしようかと思っていた案件があったのだが、おまえがいるから、おまえ達に頼むことにした」

「案件?」

 何だろう?

「実は、最近、幕臣をも誘って尊王攘夷を説いている者がいたのだが、この者が先日、幕府の者と口論となり、斬り殺してしまったというのだ」

「えっ、幕府の人間を?」

「そうだ。幕府では追討吏ついとうりを差し向けようと思っていたのだが、こいつが中々できる男で、先程申したように幕臣の中にも信奉者がいる。そこで、関係のなさそうなお前達に手伝ってもらいたい。いかがか?」

 俺は近藤さんを見た。

 あれだ、目が燃え上がっている。「絶対にやらせてくれ!」という顔をしていた。

 新見さんもそれを見て、「任せて大丈夫」と思ったのだろう。

清河八郎きよかわ はちろうという男だ。横浜を焼き討ちする計画も立てていたらしい」

「そいつは穏やかじゃないね」

「ただ、繰り返しになるが、この男は幕府との繋がりも多い。おおっぴらに同行している者もいると言う。仮にそうした者まで斬ってしまうと、色々と面倒なことになる。できれば、八郎だけを斬ってもらいたいのだ」

「この人は江戸にいるの?」

「いるかもしれない」

 新見さんが複雑な表情をした。どうやら、その信奉者が匿っている可能性があるということのようだ。しかも、この表情を見る限りではまあまあ上の人らしい。

「分かりました」

 近藤さんがいの一番に答えたので、俺達も従う。


 感状を受けたことは名誉なことだったが、結果として俺達の仕事は更に増えた。

 試衛館の運営、江戸を歩く不貞浪人の始末、東禅寺や善福寺といった大使館施設の護衛、それに清河八郎を探すという仕事だ。


 もちろん、この時は、後々、この清河と同じ行動をとることになるとは思いもしていなかった。

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