幕間4・再度江戸での日々(沖田視点)
第1話 沖田総司、以蔵に再戦を要求される
西洋では1861年。
日本では、文久に年号が変わったこの年。
遣欧使節には参加せず、江戸に残った俺は、近藤さんや試衛館の面々とともに、江戸の警護にあたっていた。
その関係で、江戸城にも頻繁に出入りするようになり、燐介と同僚だという中濱万次郎らと共に簡単な英文翻訳も行っていた。
雑事が増えてきたせいで、剣術に打ち込む時間が減っている。
永倉さんや斎藤さんが相手だと苦戦するだけでなく負けることも多くなってきた。
そんな折に、あの男がやってきた。
「沖田総司はおるかぁ!?」
六月のある日、試衛館に大声をあげて入ってきた男。
一体誰がやってきたんだろうと入り口近くまで行き、思わず「げっ」と声をあげた。
名前は忘れたが、七年前に燐介と一緒に試衛館にやってきて、俺と勝負した男だ。相変わらずとんでもない太い腕をしていやがる。
「わしは土佐から来た岡田以蔵じゃ! 再戦を望んでやってきた!」
もう知らんぷりをして逃げようか。一瞬そんなことを思った。
でも、全員の視線が俺の方を向いていて、以蔵もそれに気づく。
「おお! 総司よ、わしともう一度試合をしてくれ!」
「い、いや、遠慮しておくよ……」
「何ぃ!?」
以蔵がものすごい形相になった。
「わしはお前に負けた後、土佐だけでなく豊後をはじめ、西日本中を回って修行をしてきたんじゃ! 全ておまえに勝ちたいがため! それなのに、卑怯にも逃げようというのか!?」
「俺は海外に行って、他のこともしていたからさー。今はあんたの方が強いよ。俺の負けでいいから、無駄なことはやめにしない?」
「何ぃ!? おまえ、まさか開国がどうこうなどと言うんじゃないだろうな!」
しまった、火に油を注いでしまった。
どうしようかと頭を抱えたくなった時、永倉さんの声がした。
「岡田以蔵と申したな。俺はこの試衛館の筆頭剣士で永倉新八と言う。総司とやる前に、まず俺と対戦してみても罰は当たるまい」
以蔵は瞬間、不満そうな顔をしたが、永倉さんが只者ではないと分かったのだろう。
「分かった。相手にとって不足はなさそうだ」
勝負に応じ、二人は道場へと移動した。
道場へ移動し、二人が向かい合う。
永倉さんの実力は試衛館最強だ。均整の取れた体から色々な型を繰り出すことができる。多彩な技の持ち主だから、どんな相手でも困ることはない。
とはいえ、以蔵の上半身は鍛えに鍛え抜かれている。打ち下ろす剣の速度は尋常なものではないだろう。
果たして永倉さんが受け止められるか。
「はじめ!」
いつの間にか現れた近藤さんが立会人となり、開始を宣告する。
「どりゃああぁ! あぁぁぁ?」
以蔵がまっしぐらに飛び掛かろうとして、目が丸くなる。
以蔵の前から永倉さんの姿が消えていた。
「ほら」
開始と同時に横にとびずさって、以蔵をやりすごした永倉さんが、斜め後ろから以蔵の背中を突っついた。
体勢を崩して、以蔵は前につんのめる。
「大方、その馬力でいきなり飛ばしてきたんだろうけれど、これだけ力任せが見え見えなのに大人しく待つ馬鹿はいないって」
永倉さんはそう言って、口笛を吹いた。
しばらく茫然としていた以蔵が烈火のように怒りだす。
「卑怯だぞ!」
「横に動くなとは一言も言ってないぞ。勝てばいいんだよ、勝てば」
永倉さんはまったくどこ吹く風で帰っていった。
「ぐぬぅぅぅ」
以蔵は悔しさを隠すことなく、俺の方を見ているが、俺も今更以蔵と試合をしたくはないからなぁ。
「悪いけど、俺は最近は剣術よりも……」
鉄砲に専念しているからと言いかけて、はたと思いつく。
「あ、そうだ! ちょっとこれを乗せてそこに立ってくれよ」
俺は門下生の一人に銃とスイカを持ってくるように頼んだ。銃はそのまま手にして、小さなスイカは以蔵の頭に乗せて、距離を取る。
以蔵は「何なんだ、一体?」という様子でぽかんと俺を見ている。
俺は60間(約109m)ほど距離を取って、銃を構えた。この段階になって以蔵の顔色が変わる。
「おい、こら、待て。まさか撃つんじゃないだろうな!?」
「動くとかえって危ないぞ!」
そう呼びかけ、狙いを定めてドン!
弾は見事にスイカを射抜いた。周囲から飛ぶ喝采。
「最近はこっちも極めているんで」
そう言った途端、以蔵は口から泡を吹いて倒れてしまった。
「ありゃりゃ、怖くて失神してしまったの?」
燐介ですら「禿げたらどうするんだ!」と怒っていたというのに、意外とだらしないなぁ。
作者注:以蔵はメンタルが弱かったようで、簡単な拷問にペラペラ話して武市半平太にガッカリされたという逸話があります。
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