第13話 燐介、メキシコを学ぶ

 8月10日にコルフ島を発った俺達は、マルセイユからパリに向かい、そのままロンドンへと向かった。

 15日に帰還し、今度はアメリカ行きの船を手配する。

 出航まで2日あるので、事前情報を押さえておこうと思い、マルクスを訪ねることにした。

 頭でっかちなので、何かしら情報があるかもしれない。


「ハッハッハ! とうとう吾輩の明晰な頭脳を頼りにするしかないと気づいたようだな!」

「……またな」

「ノー! 来ていきなり帰ることはないではないか!」

 いつものようなやりとりの後、俺はマルクスにオーストリアでの経緯を説明し、次いでメキシコのことを尋ねた。

「メキシコか。良かろう、吾輩の知るメキシコのことを教えてやろう」

 相変わらずの尊大な態度で、マルクスは説明を始めた。


「アメリカ大陸の大半は、かつてはスペインが支配していたことは知っておるな?」

「もちろん」

 ポルトガルが支配していたブラジル、イギリスが支配していたアメリカ、イギリスとフランスが今も支配しているカナダ以外は、全てスペインが支配していたはずだ。

「スペインというのは国王が支配し、カトリックにうるさい古い国だ。従って、中南米支配そのものが古いものである。他のところと比較しても極めて力に任せた統治をしていた」

「なるほど。力に任せた支配か」

 搾取型の支配というか、中南米の金銀とかはことごとくスペインに運ばれたって言うし、な。


「そのスペインが19世紀初頭、ナポレオン率いるフランスと戦うことになり、中南米に構っている余裕がなくなった」

「その隙に独立したということか」

「そうだ。ただ、支配される地域というのは、どうしても支配している地域と同じようなものになる。アメリカはイギリスに支配されていたから、議会などの知識は分かっていた。だから議会制度を取り入れることに抵抗はなかった。逆にスペインに支配される地域は国王の強い権力に支配されていたから、どうしても王制に興味があった」

「なるほど。議会制度に対する知識がないし、あったとしても不完全なものになるということか。これは21世紀も変わらないかもな」

「うん? 21世紀?」

「あ、関係ない。こちらの話だ。それで?」

「故に、メキシコは独立直後、皇帝を立てる国となった。軍の幹部だったアグスティン・イトゥルビデがアグスティン1世となったが、これはすぐに失脚した」

「王制に興味があったのに、皇帝はダメだったわけか?」

「制度がダメだというのではない。イトゥルビデは軍人だ。貴族のような伝統や血筋があるわけではない。何であいつが皇帝なんだとなったわけだ」

「あぁ、イトゥルビデは立派な血筋でないから賛成しないけど、それなりの伝統がある者ならば、皇帝や国王になっても構わないって考えていわけか」

 ようやく見えてきた。


 メキシコには国王や皇帝が合っていると考えている者達がいる。

 ただ、誰でもいいというわけではない。昨日まで自分の同僚だった奴がいきなり皇帝を名乗られても納得しない。

 だから、皇帝制度を採用している実力国であるフランスに「誰かメキシコ皇帝にふさわしい人を紹介してよ」と頼んでいて、ナポレオン3世はマクシミリアンに白羽の矢を立てたわけだな。


「一方で、アメリカのように大統領制を取り入れようという者も多い。ただし、アメリカのような純粋な大統領制度ではなく、有力者が好き放題できるような大統領制度という方が近いな。これもスペインという古い制度に支配されたことが大きいと見ていい」

 マルクスは呆れたような溜息をつく。

「早い話、血筋や伝統はないが、それでも皇帝や王のように君臨したい。だから、議論ではなく力による議会制度を設けて、大統領という名前の皇帝になろうということだ。結局、メキシコには国王制が似合っているという点で両者の間に大差はない」

「なるほどねぇ。血筋はないけど、力で大統領という名前の皇帝になるわけか」

「この違うようでいてほとんど同じ両派がいがみあっているうちに、メキシコ北部は嫌気が差して独立して、アメリカの支配を受け入れたということだ」

「ああ、テキサスとかカリフォルニアね」

「この状況が今も続いている。メキシコはアメリカの介入を恐れつつも、中ではいがみあっているわけだ」


 なるほどね~。

 自分達の国の道筋がはっきり決まっていないうちに、アメリカが手出ししてきて更に混乱して、いつまで経っても解決を見ない。

 ある意味、21世紀までこの状況が続いていると言ってもいいのかもしれないな。


 しかし、これを聞けば聞くほど。

「そこまで分かっているなら、メキシコとかで革命が出来るんじゃないの?」

 現在でも、中南米は左派が強い国が多い。

 もちろん、その左派にしてもヴェネズエラのように大統領という名前の皇帝になっているから、結局のところは古きスペイン流に変わった左派なのかもしれないが。

 ただま、革命運動などをヨーロッパで計画するよりは、メキシコでやった方が可能性が高いのではないだろうか。

「あの辺りは裁判も何もなく、すぐに銃殺刑になるようなところだぞ! そんな恐ろしいところに行けるか!」

 この流れも、以前にもあったような気がするな。

 頭でっかちだから、理論よりも力重視のところには行けないということね。

 でも、あんたの理念を受け継いだ面々は、ことごとく力重視で何ならすぐ銃殺刑にするところばかりだったんだが……


 ともあれ、メキシコの基本的なことは分かった気がする。

 マクシミリアンをどうして迎え入れようとしているのか、それが見えてきた点では、マルクスに聞いたのは悪くない話だっただろう。

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