第4話 一太一行、マルセイユで燐介と再会する
セイロンを出港した後、船はインド洋を西に進む。
途中、アラビア半島を横切り、紅海を北に向かう。向かう先はスエズであるが、まだ運河は完成していない。南側で降りて、陸地を西に向かって地中海へと出ることになる。
イギリス領マルタを経て、4月1日、フランスの南の玄関口マルセイユにたどり着いた。日本を出て2か月前後の道程であった。
ここから帝都パリへと北上する予定であったが……。
英国側が馬車を用意する間、私達は街で待たされていた。
とはいえ、既に二か月以上外国を旅していた身である。当初の頃のような大人しさは鳴りを潜め、勝手に外に出歩いている。
もちろん、私も例外ではない。桂や女性陣を連れてマルセイユの街へと出ていた。
「うん……?」
途中、張り紙に目を止めた。最初は何の気なく見ていたが、一瞬を置いて、「何?」と凝視する。
それはフットボールの試合開催のビラであった。マルセイユの市民チームとアメリカ・イリノイの試合チームが試合をするとあり、お世辞にも上手とは言えない絵には黒人選手が何人か描かれていた。
フットボールの試合をするというのは分かるし、マルセイユの市民チームがフットボールをすること自体は不思議ではない。
しかし、相手がアメリカ・イリノイのチームというのはありえない。アメリカは現在、南北戦争に向けてしっちゃかめっちゃかの状態で、フランスにフットボールチームを派遣する余裕などないはずだ。
アメリカ・イリノイから来たフットボールチームというデタラメ極まりない存在は燐のチームである可能性が高い。
「どうかしましたか?」
私がしばらく足を止めていたことに気づいた失本イネが問いかけてきた。
「いえ、ひょっとしたら知り合いがいるかもしれないと思いまして」
「知り合い!?」
全員、目を丸くしたが、さすがに千葉佐那は感づいたようだ。
「もしかして、それは宮地燐介のことですか?」
「えぇ、まあ……」
改めて張り紙を見た。何という偶然、開催日はまさしく本日である。時刻は午後の二時から。ということはあと一時間後の話である。
英国士官に聞いてみると、ここから一時間半足らずの場所であるという。ということは十分に間に合う。
「よし、行ってみましょう」
私の言葉に全員が頷いた。
一時間半ほどを歩き、試合会場らしい広場についた。
当然ながら、まだスタジアムなんていうものができている時代ではないが、それでも即席のスタンドが出来ている。
私達はそこに登った。
サッカーのグラウンドが広がっており、そこで選手達がプレーしている。随分と狭い地域でプレーをしていて、私の知るサッカーとは大分違うようである。
燐を探すと、右側のチームのベンチに座っていた。時々立って何か指示を出している。恐らく監督ということなのであろう。その隣には福沢諭吉がいた。仲良くやっているようで何よりである。
「あの二人は日本の者ではないか?」
桂の言葉に私も頷いた。そこで女性陣の視線も一斉に桂の指さした方向に向かう。
「燐介は、あそこで何をしているのですか? フットボールなるものは、あちらの広場の方でやっているものですよね?」
佐那が燐を凝視しながら尋ねてきた。
「彼は、片方のチームの指揮官のようなものですね」
「指揮官?」
「はい。あちらのグラウンドでプレーをしている選手達に作戦や選手交代などの指示を出す役割です。現在、燐……燐介のチームは4-0で勝っているようですから、順調なようですね」
「そうなのですか」
さすがにその説明だけでは分からないのであろう。佐那は辺りを見回し、しばらく大人しくグラウンドと燐を見比べている。
ハーフタイムになった。
周りが一斉に休憩に入る様子を見て、佐那が「今は休憩ですか?」と尋ねてくる。私が「そうです」と答えると、彼女はスタンドの下の方へと降りていった。右手に風呂敷包みのようなものを持っている。
一体、何をするつもりなのだろう?
私も含めて、全員が彼女の挙動に視線を向ける。
スタンドを下まで降りていった佐那が叫んだ。
「燐介!」
燐介が「えっ?」という表情でこちらを向いた。佐那の姿を見て、一瞬喜んだように見えたが、そこに彼女の次の言葉が畳みかけられる。
「何というだらしない姿をしているのです! それが日本男児の姿ですか!」
「え、えぇっ!?」
燐介はいかにもヨーロッパ風のシャツ姿であるが、まあ、しわくちゃで見ようによってはだらしなく見えることも確かだ。
サッカーの監督には、ビシッとスーツを着ている者もいればジャージを着ている者もいる。近年の日本代表監督は前者だろうし、リヴァプールのユルゲン・クロップ監督のようなジャージ派もいる。燐は間違いなく後者だろう。
「そのような恰好は日本の恥です! 今すぐ着替えなさい!」
と、佐那は風呂敷を開いた。
何故持っているのか分からないが、袴一式が入っていた。
「い、いや、そんなものを着るとかえって浮くから……」
「燐介!」
「わ、分かったよ!」
佐那に一喝され、燐は渋々着替えだす。
その様は嫁の尻に敷かれるを通り越して、母親に叱られている反抗期の少年のような有様である。
私だけでなく、場にいる全員、国籍を問わず笑いだしていた。
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